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国境の町15
 
情報屋から渡された地図に従って酒場にたどり着く。時間が早いために回転はしていないようだったが、鍵は開いているようで扉へ力を込めると容易に中へと入ることができた。ちりん、軽やかなベルの音が来客を知らせる。

「いらっしゃい」

ゆるくウエーブのかかった薄茶色の髪を後ろ手に束ね、サングラスをかけた店主がカウンターから出迎える。気だるそうな印象をうけたが、先ほどの店と比べると態度は友好的だ。

「これ、お願いします」

ディーナは地図と一緒に渡された証書を店主へと見せる。それを見るや否や「ほう……」と驚いたように息をついて店主はそれを受け取る。

「若いのにここを通るのかい。まあお気をつけて」

煙草をふかしながら、ねぎらいと憐憫が入り混じった表情をサングラスからのぞかせて、店主は無言で三人を奥へと導く。客席の一番奥から、倉庫へと移動する。薄暗い空間のなか、酒樽の山に埋もれるように隠された階段がぽっかり口をあけていた。

「ルールはわかってるね」

「はい」

確かめる店主の声は、どこか暗さを含んでいた。この階段に足を踏み入れるということはやはり生半可なことではないらしい。
代表してディーナが応えると「ならいいんだ」とだけ、それから店主は何も言わずに店先へと戻っていった。

「はあー、すげーな」

店主が居なくなるや、間の抜けた声。マサだ。

「お前、本当にわかってるのか?」

最大の不安要素にむけて、ディルは冷ややかな視線を送る。先程から、馬鹿なのか何なのかこいつには緊張感が足りないと思う。足を引っ張られて取り返しのつかないことになったらどうするつもりなのか。

「わかってるよ。だから小声でしゃべってんじゃん」

空気を震わす耳障りなこの声量は奴なりの小声らしい。

「……」

言い返す言葉を発するのも面倒だ。無言で静かに威圧する。

「みなさん。ここを通る間、私が幻術をはって姿を周りに見えないようにします。面倒事に巻き込まれないためにも。小範囲の術なので、なるべく集まって進んでください。あと、姿や声はある程度隠せますが、存在自体は隠せません。外部との接触は避けてください。大声を出すのも禁止です」

最期だけ特定人物に視線を向けて、リイラが静かに告げる。そして、彼女が意識を集中させると周囲に術式が展開していく。淡い発光とともに四人を包むように半円状の光の膜が発生する。

「おわ……」

真っ先に驚嘆の声をあげるマサ。声には出さないものの、ディーナも初めてみる術式に興味深げに目を輝かせている。

「術の範囲はこの発光部分のみです。手を出したら効果は消えてしまいますから、気をつけてくださいね」

言われて、マサがその手をひっこめる。案の定、術式に触れようとしていたようである。リイラは呆れ顔だ。

「では、行きましょうか」

薄暗い階段。その先はやはり良く見えない。一行は歩みを進めた。



どのくらい歩いただろうか。薄暗い空間、張り詰めた空気。秘密の地下通路は『裏』の名にふさわしい空間であった。喧騒、銃声、悲鳴、血のにおい。そこに秩序はなく、狂気に満ちている。通路の全長はそれほど長いものでもなかったが、長時間そこに留まっていたら確実に気が狂ってしまいそうだ。ある程度非日常に身を置いてきた自分がそうなのだから、一般人は到底耐えられない光景だろう。案の定、あれほど煩かったマサはすっかり黙り込んで、顔を白くしている。下手に騒がれて足を引っ張られることがないのは幸いだが、少し気の毒に思う。ディーナは、暗闇にまぎれて行われている常識を逸脱した行為たちからなるべく目をそらしながら、息をひそめて進んだ。リイラの術に守られているとはいえ、隣り合わせの惨劇に気の抜けない状況が続く。
通路の終着が見えてくる。上りの階段、漏れだす光。ベルザークだ。



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