移ろいゆく日常14
森をゆくうちに日は完全に沈み、暗く静かな夜がやってくる。
とりとめのない会話をしているうちに見慣れた木造の一軒家が見えてくる。森の暗闇を照らす暖色の光に我が家への帰宅を実感する。そうしてベルトはほっと息をつくのであった。
しかし、なんだかいつもと様子が違う。いつもだったら静かな空間が、今日はざわめきを孕んで騒がしい。
どうしたのだろうか、ベルトがそう思うのと同時にディルがその『気配』を感じ取った。
「いる」
窓ガラスが割れる音。
緊迫した空気が走る。
「――母さん!」
いてもたってもいられず、ベルトは一目散に走りだす。
見慣れていたはずの光景は荒らされ、日常の風景が一変して視界に飛び込んでくる。おぞましい姿の猛獣たちが家の周りを取り囲んでいる。
そして、その瞳がぎらり―と焦燥にかられ飛び出してきた新たなる標的に向けられた。
「危ない!」
ディーナが叫ぶと同時に猛獣の刃の雨が無防備なベルトへと降りそそぐ。
「う、わ……」
立ちすくむことしか出来ないベルトの目前で、猛獣たちの血肉が舞った。
見開いたその瞳が鮮やかな赤を映す。そして生温かい液体がその身を濡らした。
「……っ!?」
身の毛がよだつような気持ち悪い感触とともに、脳が状況を理解していく。『風』による一瞬の閃きによって、猛獣たちの身体が切り裂かれたのだ。
「いちいち邪魔なんだ。足手まといはひっこんでろ」
平静になる思考回路に、ディルの声が響く。
嗅ぎなれない血なまぐささと全身の赤。不快感でくらくらする意識をなんとか繋ぎとめ、自身が無事であったことを実感する。そして、彼によりその命が救われたということも。
「ベルト君!」
少し遅れてディーナがベルトへと駆け寄る。
彼に怪我がないことを確認すると、ほっと胸をなでおろす。
「よかった、無事で。気をつけてね」
「…うん。ごめん。……ディル、ありがと、う」
焦燥から飛び出してしまった自身の行動を反省する。ディルの『風』が一瞬でも遅れていたら自分の命はなかっただろう。今さらになって震えだす体と彼の言葉通り足手まといな自分を情けなく感じながら、震える声で礼を告げた。
「……」
ディルは謝礼を無言で応えると、未だ消えることのない『気配』に警戒を強めながら割られている窓ガラスを見る。猛獣たちは中へと侵入しているようだ。
「マーダさんが心配だわ。急ぎましょう」
右手に拳銃を握りしめ、ディーナはドアへと足を進める。
ベルトも心配で押しつぶされそうな心を鎮めながら、付着した返り血を軽く拭うと彼女のあとをついていく。
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