エスケイプ アンド ハイド3
「ダズ、どういうことだ」
ダズはなにも答えない。その代わりに、大気中の水分を凝固させ、無数の氷の礫を放ってくる。
「おい! 何か言えよ!」
躊躇いなく降り注ぐ氷の刃を前に、ディルはただ避けることしか出来ない。
「無駄だよ」
ライトの声がする。
「彼にはもう君の声は届かない。彼の意志は俺たちと同じさ。お前を殺す。ハンターとしての役目を果たすことを決めたんだ」
「……ッ」
地面へと着弾した氷がその瞬間に炸裂し、放射状に固っていく。それはまるで無数の花が咲くように。氷の花は瞬時に付近のすべてを凍てつかせ、すべてをその中に閉じこめてゆく。
氷の刃を避けようと跳躍したディルの足をその開花が捉える。巨大な花はディルの膝下までを完全に飲み込み、その自由を奪う。
神経を蝕む冷たさが痛みとなって襲い来る。銃弾で氷を砕くことも考えたが、残されたわずかな弾数をここで消費しては完全に後がなくなってしまう。
ディルはダズをみやる。彼はやはりうつろな目をしたまま、攻撃の意志だけをこちらに突きつけていた。ダズは上空に手をかざすと、周囲の冷気を一点に集めていく。それに伴って、数多の氷の刃が空中に形成されていく。
凍てつく氷の大地は彼の力を大きく増強させ、通常の何倍もの大きな力が膨れ上がっていく。大量の冷気をあつめて大きく成長した氷槍は、一つ一つが大軍を撃つ大砲のごとき威力と磨き上げられたの達人の槍術に違わぬ練度をもっていて。ひとたび放たれれば、すべてをかいくぐることは不可能に思えた。
仮に避けることが出来たとしても、ライトやギルがいる限りこの場を脱することは出来ないだろう。
万事休すか。ディルは息をのむ。
氷の刃が降り注ぐ。すべてを貫き、塵一つ残さない串刺しの雨。
容赦なく振り下ろされた、刑を執行する刃。
それは突然鳴り響いた。
ドドドドドド??
耳をつんざく機獣の咆哮。繰り返し炸裂する光に、硝煙の香りと空薬莢の落ちる音。
突如としてなだれ込んだ轟音に、一体何が起きたのか、その場にいる者は誰一人として理解することができなかった。
「おうおう。危ないところだったな」
打ち砕かれた氷と火薬が生んだ白煙の中で、ディルだけがその声を聞いた。目の前に現れた大きな背中。その腕に抱えた巨大な銃器こそがかの轟咆の正体だった。
雪景色に映える黒いコートが乱れた風にあおられて揺れる。鍛え上げられた屈強な肉体に纏うのはザルカンタ軍の青い軍服。あまたの戦場を駆けたであろう壮年の戦士の身体には大小様々な傷が刻まれており、歴戦の記録を物語っている。その中でも特に異質さを放つのは半身を占める鋼鉄。男の右目と右腕は機械に覆われ、その重厚な鈍い輝きが剣呑とした雰囲気をより際だたせていた。
そんな男の登場に一際驚いたのは、ほかでもないディルだった。
「――どうして、あんたが」
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