移ろいゆく日常9
「実はさ、俺見たんだよな。あの化け物」
「え!?本当?よく無事でいられたね」
自分だけがあの猛獣に襲われたわけではなかったのか。意外なダンの発言に驚きを隠せない。しかし、仰天するベルトに反してダンは不思議そうな眼でこちらを見ている。
そして帰ってきた返事は予想とは正反対のものであった。
「は?なんでだよ」
「へ?」
「あの化け物、畑を荒らすだけで俺らを襲うほど獰猛には見えなかったぜ?見た目は不気味だったけど」
「うそだ。だって俺、その化け物に殺されかけたんだよ?」
「え、お前も見たのかよ!しかも何だよ殺されかけたって……?」
何やら話がかみ合わない。化け物に出会ったってことは昨日自分を襲ったあの猛獣にダンも出会ったということではないのだろうか。
「えっと、虎みたいな熊みたいなそんな感じのめちゃくちゃ鋭い牙やら爪やら持った、すごく凶暴な猛獣で。そんなのに追いかけられて、死ぬかと思ったんだけど……。ダンはそうじゃなかったの?」
「なんだよそのヤバい化け物。俺が見たのはもっとこう、シカみたいな兎みたいな……とにかく気持ち悪い奴だったぞ」
「俺の会ったやつと、違うのか?」
ダンの話に出てくる化け物は昨日の猛獣とは同一とは思い難い。
化け物は、あの一体だけじゃないのか?
「うーん。良くわかんねぇけど、そんなんに襲われて生きてるなんてお前ラッキーだな」
ベルトの話を信じているのかいないのか、はたまたただの能天気なのか、にんまりと歯を見せて笑うダン。
「確かに、ラッキーなのかもね」
そんな彼とのかみ合わない会話に少しばかり疲労感を覚えてきた。良く考えれば最近こんなことばっかりな気がする。
「あ。それじゃ、俺行かなきゃ!じゃーなー。ベルト!」
何かを思い出したのか、早急に別れを告げてダンは行ってしまう。
「あ、うん。またね!」
慌てて挨拶をしたころにはダンの背中はすでに遠ざかっていた。
どっと疲労が押し寄せ、ベルトは深く盛大に溜息を吐いた。
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