氷の世界へ3
「――と、言うわけで。仕事だよ、諸君! 気持ちを切り替えて、真摯に望もう!」
声高らかにレオが告げたのは新たな任務のはじまりだった。
依頼人を故郷の村まで護衛しそこで起きている失踪事件を解決する。
簡単に言えば、それが任務の内容だった。それだけならばよくある依頼のひとつ。難易度も低く、さほど危険の伴うこともない。しかし、問題はその人選にあった。
「今回の任務はダズ。そしてディルに行ってもらう」
ざわめきが走る。当然のことだった。
「失礼ですがレオさん。彼を任務に行かせるのは避けた方がいいのでは」
真っ先に反論の声を上げたのはダズだった。
「うん、俺もそう思うんだよね」
うなずいたのは言い出したはずのレオだ。
「ディルの力は暴走状態は脱しているものの、抑制するリミッターは壊れたままだ。下手をすればまた同じような事が起こる。危険な状態であることに変わりはない」
「では何故――」
「でもね、これが最善だと思うよ」
言い掛けたダズの言葉を遮って、レオは続ける。
「リスクがあるだからといって、何もしなくていいわけではない。ディルが自分で力を制御できるようにならない限り、状況は変わらない。ここでじっとしていても、何も変わらないんだ。多少無茶だとしても、ディルには実践を通して力の扱いを学んでもらう」
「万が一、力が暴走したらどうするんですか」
「そのためにダズ。君が居るんだ。君ならば私情にとらわれず、冷静に状況を見極められるだろう。いざとなれば、容赦なく氷漬けにしてもらっても構わない。酷なことをさせてしまうけれどね」
「……わかりました」
「もちろん、そうならないためにディルが頑張るのが前提だ。力の制御は徐々にゆっくりと、最初は風の力を使わないように。そうだな、倉庫にいろいろと武器があるから、使えそうな物を適当に持って行くといい」
「――レオさん、私も行かせてください」
そう言ったのはディーナだった。
「だめだよ」
レオは首を横に振る。
「まだこの前の傷が癒えてないでしょう。すでにたくさん無茶をしたんだ。これ以上はいけない。無理をして二度と戦えなくなったらどうするの? 今はゆっくりと療養して、傷を治すことが先決だよ。焦ることはない」
「……はい」
レオの言葉はもっともだ。未だ包帯まみれのディーナはとても任務に赴ける状態ではない。それを一番わかっているのも彼女のはずだ。ふるえる彼女の拳がその悔しさを物語っていた。
「よし。ダズもディルも、問題はないかな。なに、いつも通りやればなんて事はないはずさ。それに今回の任務は北方だ。ダズにはうってつけだろう。久しぶりに故郷の空気を吸っておいで。そういうわけだ。頑張ってきてくれ」
汽笛の音が鳴り、流れゆく世界が暗闇に包まれる。列車がトンネルの中に入ったのだ。外の景色が遮断されると、ますます息苦しさが増す。
ダズは自分を警戒している。それは、隣にいてひしひしと伝わる。呼吸、わずかな指先の動き。それら全てを見張られているのだ。何があってもすぐに対処ができるように。一瞬で、自分を殺せるように。
落ち着かない感覚を紛らせようと、ディルは腰に添えられたホルダーから銃を取り出した。手入れの施された銀色の軍用銃。長年使い込まれたディーナの物だ。
「――ディル。よかったらこれ、使って」
ディーナの声が蘇る。
「何度も私を守ってくれた銃だから。きっとディルのことも守ってくれる」
そういって微笑んだ彼女は、大切な銃をディルへと手渡したのだった。
中には彼女の力が込められた銃弾が装填されている。よく見ると外装には小さな傷が無数に刻まれていて、ディーナのこれまでの戦いを物語っている。
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