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氷の世界へ2

 派遣された軍人たちは少数であったが精鋭で、たくましく知己に富むリーダーもいたという。しかし誰一人として、事件の核心に迫る情報を持ち帰ることはできなかった。一切の痕跡も残さず、村人同様忽然とその行方をくらませてしまったのである。

「その後軍は追加の兵を派遣してくれましたが、結果は同じ……。三度の失敗を経て、調査は打ち切られることになりました。事件は未解決のまま、軍は手を引いたのです。それからも、犠牲者は増えるばかり。村の人はどうすることもできずに、恐怖の中で閉じこもるようにして暮らしています。僕は、どうにかして皆を助けたいと思っていたのですが、何もできず……けれど、そんな折りにあなたたちの噂を耳にしました。依頼に見合う報酬を支払えば、どんなこともしてくれるという!」

 一筋の光にすがりつくように、タグはレオを見上げた。
 そして懐から、ぱんぱんに膨れ上がった小さな麻袋を取り出す。

「お願いします。どうか、行方不明になった人たちを、村をお救いください!」

 じゃらり、麻袋が金属音をならした。報酬としては十分すぎるほどだ。事件におびえる小さな村でこれだけの金貨を用意することは簡単なことではないだろう。
 青年の本気の思いはひしと伝わった。ならばそれに本気で応えなくては。

「わかった。その依頼、受けましょう」

「本当ですか!」

 タグの顔がぱっと華やぐ。本当に、藁にも縋る思いでここまできたのだろう。喜びと安堵が涙となって、彼の目元をにじませていた。

「あ、ありがとうございます。こちら、お受け取りください」
 
 差し出された麻袋をレオは受け取る。そうするやいなや、おもむろにその口を開けて、テーブルへとひっくりかえす。きらきらと広がった金色の山を半分に分けて、驚きにまるまるとしたタグの瞳を見つめてにやりとする。
「それじゃあ、前受金として二分の一を受け取りましょう。残り半分は、事件が無事に解決したときに」

 ◆

 ガタタン、ガタタン――

 規則正しい音を奏でて、鉄の塊は山の麓を駆け抜ける。時折鳴らされる汽笛の音が、山間に反響して吸い込まれていく。レールを伝う心地よい振動は穏やかな眠気を誘う。これが気ままな汽車の旅であればそれに身を預け、安息の時間とするのも一つの楽しみ方なのだろう。
 車窓の風景を目にさえしなければ。
 枝葉を失い、朽ち果てた木々。濁流に風化し、にどす黒くよどんだ河川。むき出しの土壌を抉られ、造形をすっかり変えてしまった山。豊かな自然、息づく生命の息吹の一切が消え失せていた。
 これらは全て、あの日の傷跡だ。
 実際目にして、起こってしまったことの重大さを認識する。車内を満たすのは緊迫した重い空気。息を吸えばちくちくと肺を刺すようだ。息苦しさがそこら中に蔓延していた。

「えっと、あの……その。今回は快く依頼を引き受けてくださって、ありがとうございました」

 依頼人の青年は精一杯の笑顔を浮かべた。小さく丸まった背中と、おそるおそるの声色から生まれる、ちぐはぐな笑顔だった。言葉を発したのは。場の空気を良くしようという、彼なりの気遣いなのだろう。

「ええ、こちらこそ。事件解決まで、どうかよろしくお願いしますね」

 傍らの青年が颯爽と微笑んだ。眼鏡の奥の瞳が優しげに細められる。しかしそれはどこか虚ろでぎこちない。その理由は明確だ。
 窓の外を殺伐とした景色が移り変わっていく。ディルはそれを目に焼き付けながら、事の発端を思い返す。


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あきゅろす。
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