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氷の世界へ1
 ◆

「タグ・ファンと、申します。みなさまのお噂を耳にしまして、は、はるばる北方より参りました。どうか……お力をお貸しください!」

 その来訪者が現れたのは明くる日のことだった。 
 ゆったりとした異国風の服装を身に纏った、癖のある青みがかった黒髪と、ぴょこんと跳ねたくせっ毛が特徴的な小柄の青年だった。
 不安感情そのままにハの字を描いた眉と、その下でふるふると揺れる大きな瞳。小さな背中をさらに縮こまらせて、おずおずとこちらを見上げるその姿は狼の巣穴に迷い込んだ子羊を連想させた。
 彼はとある目的を果たすために、まだ霧が晴れる前の森を抜けて、ひとりこの場所へとやってきたのだった。
 城の周りを覆う森は本来たやすく来客を受け入れない。メルベルが作り出した結界が、外からの進入を防ぐ役割も果たしているからだ。
 それゆえに森を抜けて城までたどり着けるのは、結界を無理矢理打ち破った者か、立ち入ることを許された者だけである。彼は後者であった。
 応接広間のテーブルを挟んで、彼はレオと相対する。タグと名乗った青年はおそるおそる、されど確固としたその意思を告げる。
   
「故郷の村で起きている失踪事件。……これを解決していただきたいのです!」

「失踪事件、ねえ」

 顎に手を当てて、レオは考える素振りを見せる。
 基本的にレオは依頼を無碍に断ることはしない。メルベルが施した森の結界は選定の役目をもっており、本当に助けを必要としている依頼人以外を通さない。彼が結界を抜けて城までたどり着いた時点で、この依頼は受けるべきとみなされたのだ。
 平時であれば、迷わず首を縦に振っただろう。しかし、今は事情が事情である。世界の異常事態を前にいつものように依頼を請け負っていいものか。レオは判断に迷っていた。

「ねえレオ。とりあえず、話を聞いてみましょうよ」

 レオの肩に乗ったメルベルが耳打った。

「それもそうだね」

 うなずいたレオに、タグは不思議そうに目を丸くする。
 メルベルの姿はタグには見えていない。彼女という存在を認識している人にしか、天使の姿を見ることはできないのだ。
 タグの目にはレオが一人で会話をしているように見ている。平静を装おうとしているが、わずかに寄せられた眉からは隠しきれない動揺が伺える。
「ああ、気にしないでくれ。とりあえず、話だけでも伺いましょうか。改めまして、ここの指揮官をやっているレオ・レルドスと申します」

「は、はじめまして……」

 身なりを整え、軽く会釈をするレオに戸惑いながらもタグは礼儀正しく一礼を返す。
 それから彼は経緯を語り始めた。

「僕は北方の雪国にある小さな村の出身なのですが、ここ数ヶ月前から不審な失踪事件が多発しているんです。昨日まで普通に暮らしていた人が、ある日忽然と姿を消してしまうのです。はじめは、村に住む若い女の人が相次いで行方不明となりました。しかし、次第に男性にも被害者が出はじめ、さらには村人だけでなく通りすがった行商人や旅人も姿を消していくのです。ひとり、またひとり……日を増すごとにその被害者は増えていき、村の人口の三分の一にまで迫っています。次は自分や家族が巻き込まれるのでは、と村の人は完全におびえきってしまって」

「なるほどねえ。その話、軍には伝えたのかい?」

「はい」

 タグはうなずく。

「軍に事件を伝え、調査と解決を依頼しました。軍はそれに応じて、村に調査兵を派遣してくださったのです。しかし……調査に赴いた軍人が村に戻ってくることはありませんでした」


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