ハロー・ワールド11 「大丈夫なら、よかった」 彼女は笑う。 「ごめんね。余計なことかもしれないけど、やっぱり心配なんだ。いろんなことがあったから」 心臓の奥が苦しくなった。 どうして、笑えるのだろう。そんな姿になってまで、どうして他人のことを思えるのか。何事もなかったかのように、畏れなどないとでも言うように、側に在ろうとするのだろう。 不思議でならなかった。自らを脅かす存在に望んで近づくその真意が。それに一切のためらいも、偽りも存在していないことが。 「……ディーナ」 名前を呼ぶと、彼女はやわらかな表情を浮かべた。安堵と不安を織り交ぜた、ぎこちない微笑み。 その笑顔を見ていられなかった。 「もう俺に関わるな」 ディーナから目を反らして、ディルが放つのはかつてと変わらぬ言葉。 拒絶。それが最善のはずだった。その腕が伸ばされることがなければ、誰も傷を負うことはないのだから。優しさもぬくもりも、はじめから必要のないものだった。それを感じうる心など、そもそも存在しないはずだったのだ。これは在るべき当然の形。 しかし平然と、彼女は言った。 「嫌」 「……何故」 「理由がなくちゃだめ?」 ディルの言葉をまっすぐ否定して、ディーナはその双眼ではっきりと意志を告げる。目を反らすことなど許さないと。強い視線が訴える。 「あのね、ディル。一つだけ言わせて欲しいの」 彼女の掌がディルの右手を掴んだ。 突然のことに見開かれたディルの瞳を、全てを抱く深海の蒼が包み込むように見つめた。 「私はあなたを恐れない」 ぎゅっと握った掌。そこから伝わるあたたかさ。必要のないはずだったそれは、もうなくてはならないものになっていて。揺れる翡翠を抱き留める。 「世界がどんなにあなたを恐れて、あなたを敵と見なしたとしても。私は、ずっとあなたの味方でいる。ディルの側にいるから」 そう言って、ディーナはやわらかにはにかむ。 吸い込まれた星屑の海。蒼い海の底で、無数の宝石がきらきらと煌めく。それはとても美しかった。 その声と言葉、掌から伝わる確かなもの。それは闇を払う光、全てを赦す唯一。 「約束する。それだけは、忘れないでね」 言葉を失う。何を返せばいいのか。その答えを見つけるよりも先に、触れた掌が離される。 「それじゃあ、私、戻るね」 ゆっくり休んで。言い残して、ディーナは少しだけ足早に部屋の外へと出て行った。ドアの外に消えた後ろ姿を見送って、ディルは己の掌に目を落とす。 未だ残るやわらかな感触。あたたかさが冷めていってしまうのが、不思議と惜しく思えた。逃さぬように、忘れぬように。ディルは掌をきつく握りしめていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |