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ハロー・ワールド9

「……わかったよ」
 深い息と共にダズが頷いた。

「けど、一つだけ確認させてくれ。ディル。本当に、お前は俺たちの脅威ではないんだな」

 探るようなダズの視線がディルへと向けられる。ちくりと刺さるようなそれは、まるで袖の隙間から覗く刃だった。装った平静の下で、むき出しの疑念と警戒心が牙をむいている。その刃をつくるのは敵意でも軽蔑でもない。もっと純粋で、根元的な感情。
  
「ああ。俺はお前たちの脅威にははらない」
 ディルは首を振ると、慎重に告げる。
 
「そうか。なら、そういうことにしておくよ」
 嘘偽り、屈折のない言葉。それをどう受け止めたのか、ダズは指先で眼鏡を上げ直すと、俯き気味に視線を逸らしてしまった。
 それから、彼は再びレオへと見向く。
「すみませんでした。失礼なことを言ってしまって」

「いいや。謝ることではないよ」

 君は間違っていない。レオは苦笑する。

「けれど、リイラの言うとおり。これは俺が謝ればいいという問題ではない。どんなに謝罪を述べたって事態は好転しない。肝心なのはこれからのことだ」
 
 事態は切迫し、気付いてきた結束には懐疑が蔓延り、細かなひびが生じている。
 これらを修復し、在るべき形にもどさなくてはならない。
「世界は今、滅びにむかって進み始めた。加えて、倒すべき脅威は強大だ。奴らはおそらく、残った全ての封印を破壊しようとするだろう。そして、『第二の災厄』の後眠り続けている神に至り、殺すつもりだ」

 神の死――それはすなわちこの世界の死。
 神が死なずとも、このまま世界が衰退していけばやがてそこで育まれる命の営みも絶えゆくだけ。刻一刻とそのときは迫っている。
「それをくい止めることが、私たちの役目」

 確かめるように呟いて、ディーナは胸に問う。
 己の為すべき事は何か。一体、何ができるのか。
「戦うべき脅威は黒衣の男・ネオと『禍罪』であるレッド・ストウクロウ。この二人とみていいんですよね」

「ああ。ネオとレッド、二人は繋がっている。ネオがディルを捕らえたタイミングで、レッドもまた封印の破壊に取りかかった。二人の目的は一致している。神を殺す、その目的を阻まなければ世界の破滅は避けられないだろう」

「……一体どうすればいいのでしょう。戦って簡単に倒せる相手ではないことは、塔での戦いで実感しました。彼らの周りにはコアを持った猛獣や、あのニナという少女もいます。正面から挑んでも、向こうの無尽蔵の力に打ち返されてしまうだけです」

「その通りだ。普通に戦っても勝ち目はない。戦力を増やし、作戦を立てなければね。ベルザークにいる仲間に応援を頼んでみようと思う。世界を巻き込む危機に、国境は関係ない」

 ハンターは本部のあるザルカンタだけではない。国境を隔てた隣国のべルザークにも仲間は存在する。
 世界情勢に対するハンターの立ち位置は中立だ。二国の諍いや争いには介入せず、依頼があれば平等に対応をする。それを支障なく行うために、ハンターは活動の拠点を両国に分けているのである。
 二国の関係が悪化し国境が封鎖されてしまっているがゆえ、西側の仲間と実際に顔を会わせたことはほとんどない。それでも、同じ旗のもと集った同士であることは確かだ。力を借りることができれば頼もしい戦力となる。
「これから何をすべきか、少しだけ考える時間が欲しい。もちろん、俺が果たすべき責任はきちんと果たす。けれど、情けないことに俺一人の力はあまりに小さい。だから、改めて頼みたい――君たちの力を貸して欲しい」

 皆を見据えた瞳の黄金が、燃えさかる紅蓮に似た輝きを放つ。
 それと同時にレオは深く腰を曲げ、頭を下げた。
「正直に話そう。俺にはまだ、君たちに話せないことがある。けれど、この口はけして偽りを語らないと誓おう。こんなことを言う資格はとうに失われているだろうが、信じて欲しい。これからも、君たちの力を貸して欲しい」
 
 頼む。
 迷いのない声が静かな部屋に響く。
 それは切なる望み。希望へ縋る声。奥底に閉じこめた不安や自責をまっすぐに貫く、大きな覚悟。
 その願いに背を向ける者は、誰一人としていなかった。
「頭を上げてください、レオさん」

「もちろんです。私たちにできることがあれば、なんだって力になります」

「ああ、大船に乗ったつもりで任せてくれていいぜ」

 顔を上げたレオの視界に、仲間たちの凛々しい姿が映る。
 司令官として、全ての先を見越し皆を導く先導者として、己は未熟で頼りない。選択は間違いへとつながり、踏み込んでしまった道は悪夢のような泥沼の闇。
 それでも、彼らはまだ付いてきてくれる。信じて、力を貸してくれると言う。仲間たの言葉を、レオは噛みしめる。
「皆――、ありがとう」

 すべてを揺るがす嵐に呑まれてもなお、希望の光は失われてなどいない。
 その光は確かに、ここにある。まっすぐ前を見据えた瞳の中に、凛として輝いている。
「これほど頼もしいことはないな」

 今度こそ、やり遂げるのだ。
 彼らと共に。絶望に満ちゆく世界を救う。
 決意は再び灯された。地平の彼方から、ゆるやかに世界を包む陽光のように。
 そのまばゆさにレオは目を細めた。


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