ハロー・ワールド7
「これを君たちは知っているかな、軍によって指名手配されているある男の名を。第一級手配犯、見つければ即刑を下すことが許されている大罪人――レッド・ストウクロウ」
聞き慣れない名前に、皆は目を見合わせる。
ハンターにくる依頼は軍から直接くるような案件も多く、その中には手配犯の確保といった内容も含まれている。それゆえに手配犯の名前を耳にすることは多い。
軍が手配書を公表するほどの罪人であれば、それなりに名の知れた人間であることが大半だ。加えて第一級、というほどであれば、相応の認知度があってもおかしくはない。しかしながら、誰一人としてそのような名は聞いたことがなかった。
「知らずとも無理もない。その男の罪は、今のこの国にとっては些細なものだからね」
「大罪なのに、些細? それは一体」
「誰一人として気付かない、そんな完全犯罪を成し遂げる悪人ほど恐ろしい者はないってことさ。彼の犯した罪は世界を揺るがす大罪だ。けれど、誰一人それに気づけない。気付かなければ、日常に変化はもたらされない。つまりそれは、些細なこと。なんだよ」
「わかるような、わからないような」
「レッド――その名の通りその男は紅蓮の髪と瞳を持っている。その色は血のように禍々しく、人々に恐れと狂気を抱かせる。そして、その特徴は先に語った『禍罪』そのもの」
「それって……」
その鮮烈な色に、誰もが一人の少女を思い浮かべた。
ここにいるはずの、けれど忽然と姿を消してしまった少女。
「そう、リサと同じだ」
レオの声は淡々と、落ち着いていた。
「そこに存在するだけで、周囲の運命を歪めてしまう。人々の負の感情を呼び起こし、心を苛み、平穏を侵す。それが『禍罪』。リサもまたその罪を背負っていた。だからこそ、俺とメルベルは彼女をこの城の中に匿い、守っていた。彼女が世界の毒になることのないように、結界を作り、その力を外界から遠ざけていた。けれど、わずかな隙をレッドに突かれ、リサは外へと連れ出されてしまった」
その結果として、リサは己が『禍罪』であるという真実を知り。世界の楔ともいえる封印の一つを破壊してしまった。
それが月食によって月の力が弱まるタイミングであったことも、奴らのねらいだったのだろう。世界を成立するための力が弱まれば、それはそのまま綻びとなる。そのわずかな綻びを狙い、彼らの思惑通りに封印は破壊されてしまった。それにより均衡を保っていた世界の天秤が大きく揺らぎ、『神を殺す兵器』は解放された。そして暴走したその力に世界は壊滅的なダメージを受けることとなった。
「『禍罪』としてのリサの力はレッドに匹敵する。神の施した封印の力を凌駕するほどに。そしてそ自覚を持ったことにより今まで秘められた力が表出し、その力はさらに大きさを増す。それはより大きな歪みを生む、災いの種となるだろう」
ただ静かに事実を語る声に、感情の色は見いだせない。
「リサもまた、この世界にとっての驚異だったってことかよ……?」
いつになく引き締められた面もちのジャルに、レオが頷く。
「『禍罪』とはそういう存在だ」
「でも、いままでリサと長い時間を一緒に過ごしてきたけれど、私たちには何の影響もでていません」
と、ディーナ。
『禍罪』が人の心を歪めるならば、もっとも近くにいた自分たちが真っ先に影響をうけるはずだ。しかし、ここにいる誰にもその兆候はみられない。象徴とされるリサの赤い髪や瞳を不思議に思うことはあれど、それに嫌悪の感情を抱いたことはなかった。
しかし、それには理由があったのだ。
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