ハロー・ワールド3
「……!」
走る緊迫感に、ディーナが息を呑む。制止の声が思わず漏れ出しそうになる。
「――俺は」
それよりも先に空気を揺らしたのはディルの声だった。
「俺は、この世界を壊したいとは思わない。いまここで破壊されることも望まない」
その声に一切の迷いはなかった。眼前で光る刃をしっかり見据えるその瞳に一切の恐怖はない。ただ一つ、揺るぎない光として宿るのは覚悟。
「それが君の答えだね」
安心したよ。そういうとレオは剣を鞘へと納める。
「君を斬るようなことにはならないと思っていたけど」
「……よかった」
微笑んだレオに、ディーナはそっと胸をなで下ろした。
ディルの返答次第では、本当にその首を落としかねない。レオが放っていたのはそれほどの気迫だった。
「たとえお前に首を斬られたとしても、俺は死ぬことはないんだろう?」
「うん、まあそうだね。君の中にあるコアを壊さない限り、君の肉体は無限に再生する。一度や二度首をはねたくらいじゃ死にはしない。心臓を貫かれたとしても平気だろう」
たとえ致命傷を負っても、この身体はすぐに何事もなかったかのように再生する。
塔の中でディルは身をもって実感した。コアを宿したこの肉体は、無限の命を宿しているのも同然だ。人間とは違う。死ぬことのない、無敵の兵器なのである。
「もともと傷の治りが早かったのも、今思えばその影響だったのかもしれないね」
「そうだな」
コアの覚醒によって、治癒のスピードは格段に速まった。傷を負ったその瞬間から再生がはじまり、瞬く間に癒えていく。傷跡ものこさず、何事もなかったかのように細胞が修復する。
されど痛覚がないわけではない。傷を負えばそれだけ痛みは伴う。人を死にたらしめる激烈は、そう何度も味わいたいものではない。
「刃を向けておいてなんだが、まずは謝罪を。ディル。全てを知りながら、どうすることも出来なかった。本当に、すまない」
「わたしも。ごめんなさい」
深く頭を下げるレオとメルベル。
彼らが何を思い、これまで真実を告げずにきたのか。本当のことはよくわからない。
しかし、彼らを責めようとは微塵も思わなかった。
「別に、謝られるようなことじゃない。気持ち悪いからやめろ」
「気持ち悪いってのはひどいなあ」
レオは頭を上げて苦笑した。
「……そういってもらえるのは有り難い。けれど、本当に俺たちのことを責めて、恨んでもらっても構わない。この先君を待ち受けるのは残酷な現実と孤独で険しい茨の道だ。謝るだけで無責任なものさ。俺たちは君を本当の意味で助けることはできない。だから、これくらいは、ね」
「……わかった。そのときは恨ませてもらう」
「それでいい。まあ、出来ることはやらせてもらうさ。俺にとってお前は大切な仲間で、愛すべき存在だ。それに変わりはない。司令官として、全力で力になろう」
金色の瞳がにこやかに細められる。その奥底に秘めた熱量はなによりも力強いものだった。
「わたしもよ!」
メルベルも強く声を張り上げると、ディルの指先を掌で包み込む。
「これからもよろしくね」
天使はその声に祈りを込める。
待ち受ける運命が、せめてささやかな喜びに満ちるように。
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