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ハロー・ワールド2

 ◆

「もう動いて大丈夫なの?」

「ああ」

 心配そうな瞳のディーナに、問題はないとディルは頷く。
 まだ少しばかり思考はぼんやりとし、身体の動きにもぎこちなさが残るものの、行動することに支障があるほどではない。
 ディルはディーナに連れられ、レオの部屋へと向かっていた。
 彼女の話によると、自分は一週間ほど眠り続けていたという。その間に世界にどのような変化が起こったのか。予想はできていた。
 己が世界に何をもたらしたのか。記憶ははっきりと残っている。
 長い夢は終わりを告げ、目覚めた世界は現実に他ならない。それがどれほど残酷であろうと、逃げることはできない。
 ディーナの背を追いながら歩く見慣れた廊下は酷く静かで、まるで知らない世界に投げ出されたようだった。静寂が鼓動を速め、足を急がせる。浅い呼吸が肺を圧迫し、息苦しさが襲う。今まで感じたことのない、奇妙な感覚だった。

「よかった。目が覚めたんだね」

 山のように積み重なった蔵書と、埃に満ちた空気の中でレオはディルを待っていた。ゆったりと身体を包むワインレッドの外套に、大地の豊穣を思わせる黄金の髪。いつもと違うのは、それを隠すように被っていた帽子を脱いでいるということだった。露わになった面差しの中で、髪と同じ金色がやわらかな光を放っていた。

「気分はどうだい? 何が起きたか、覚えているかな」

 問いかける声は、いつもとなんら変わりない。飄々と吹き抜ける風のような柔らかな声だった。
 責めるでも慰めるでもないその問いかけに、ディルは静かに頷く。

「覚えている。自分が世界を破壊する兵器であることも。この力で、多くの命を奪ったことも」

「そうだね。その通りだ。君の意志ではなくとも、あの日、君の力はこの世界に牙をむいた。大いなる毒となって、すべてを蝕み、世界の崩壊への歩みを決定付けた」
 
「――あなたがしたことは、取り返しの付かないこと。あなたがそれを望んでいなかったとしても、それをくい止められなかった私たちも責任があるとしても。あなたの力が破滅の引き金であったという事実に変わりはない。そして、その事実は残酷にあなたを世界の悪たらしめる」

 淡々とした声はレオの傍らにいたメルベルのものだった。その口調は穏やかである一方で、すべてを俯瞰し見据える観測者のように機械的でもある。しかしその声とは裏腹に、瞳は悲哀の感情をそのまま宿していた。
 彼らの言葉は、変えようのない現実だ。否定し目を背けることも、同情に憐れむことも何の意味を為さない。ただ静謐と受け止めて、背負うことしかできない罪。

「ディル。この世界は、君を消し去るべき敵として、害悪としてとして見なし、牙をむくだろう。けれど、彼らはけして悪ではない。彼らは奪われた側の、被害者だ。君は、この世界にとっての脅威なんだ。それだけの罪を背負って、これから君は生きていかなければならない。だから、俺は君に問いたい」

 黄金色の双眼は、たおやかかつ荘厳に少年の翡翠を見据えた。

「君自身の意志を。その力のまま、破壊の限りを尽くすことも。力に抗い、災厄を制して世界を救わんと足掻くことも。君の自由だ。君が望むなら、これ以上の悲劇を生む前にその存在を破壊することだってできる。君自身の意志を問おう。教えてくれ」

 すらり、眼前に伸ばされたのは一筋の刃。 
 ゆったりとした動作でレオはディルに近づくと、手にした剣を抜き、その刃を首元へあてがう。


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