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ハロー・ワールド1

 ◆

 無音の暗闇が緩やかに解けた。
 閉じた瞼を叩くのはやわらかな陽光。
 まぶしさに呼び覚まされた感覚が次第にはっきりと色を帯びていく。
 あたたかい。そう感じた。

「――……」

 翡翠の双眼がゆっくりと開かれる。
 ぼんやりと霞む視界が見慣れた天井をとらえた。繰り返される呼吸の音と、指先に触れるシーツの感覚。浮遊感に溺れる意思と朧気な身体を繋げるように、掌を握っては開く。
 微睡みの中にある意識が、はっきりと形を帯びていく。泡沫に消えたはずの己の意識が、記憶が、少しづつ形を帯びていく。
 そうして『彼』は気づく。
 
 ――『俺』は、まだここにいる……?

 それはひどく曖昧で、目覚めた時には消えてしまう一夜の夢のよう。ふわふわと水面を漂う泡沫の感覚。揺れ動く波間に消えてしまいそうなほどに頼りないそれをつなぎとめていたのは、あたたかな掌。
 消え入りそうな光の粒を拾い集めて、形を与え続けてくれた。その温もりははっきりとした感覚となって、今も彼の掌を包んでいた。

「ディル――?」

 確かめるような小さな声が、彼の名前を呼んだ。
 見開かれた深蒼の瞳が、驚きと、不安と、安堵とを織り交ぜて揺らめいていた。それはまるで深海にたゆたう煌めきを閉じこめた宝石のように美しかった。
 
「ディル、だよね?」
 
 再び確かめる声とともに、右掌を大きな力が包み込んでいた。
 それと同時に、この手をずっと握りしめてくれていたのが彼女であったと確信が生まれる。
 彼女はずっと、待っていてくれていたのだ。真っ暗な闇の中足下を掬う不安に襲われながら、欠片のような希望をつなぎ止めるように。こうして手を握り続けてくれていたのだ。
 
 ディルはうなずいた。
 光が照らし出す、はっきりとした輪郭。
 消えてなどいない。ここに在るのは、ディル・リルドという意思だ。
 
「――っ、よかった」

 大きな温もりが、身体全体を包み込む。 
 ディーナの両腕が、身体が、心が、ディルをつよく抱き締めた。

「本当に、よかった……」

 優しく、あたたかく、強い。
 安らぎと安心が空白を満たす。
 そうだ。彼女が、この温もりが、自分を呼び戻してくれた。

「おかえり、ディル」

 やわらかな微笑みとともに、ディーナの声が響いた。


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