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プロローグ:おわりのはじまりの夜が明けて

 頬を撫でる冷たい風が、ぼんやりと霞む意識の輪郭を鮮明になぞった。
 ゆっくりと身体を起こすと、塞ぎかけの傷の熱い痛みと全身の骨が軋むぎこちない不快感とが襲い来る。思わず漏れ出した頼りない声と共に、男は顔をゆがめた。

「痛てて……」

 どうやら少しの間意識を失っていたらしい。不甲斐なさを痛感したのちに、上半身を起こした勢いで脚に力を加え、そのままよいしょと立ち上がる。
 何かが足りない感覚にあたりを見回すと、お気に入りの帽子が地面にひっくり返っている。飛ばされていなくてよかったと拾い上げ、軽く汚れをはたき落として頭へと乗せる。
 見上げた彼方。遙かの空は白みはじめていた。
 地平線をなぞるように宵闇と暁の境界を描くグラデーションが広がっている。それは長い夜の終わり、新たな朝の誕生であった。芽吹いたばかりの太陽はいまだゆらぎの中にありながらも、確かな夜明けを告げている。暗黒と緋色が描いた明暗は、世界のはじまりのようにも、終わりのようにも映る。一つだけわかることは、静かに幕を開けた世界が、ゆるやかなる落陽へと向かっていくということ。
 さあ――、まどろみを溶かす風が草木を揺らす音が聞こえる。静寂に満ちた世界。鼓膜に届く音はそれだけだった。あたりには人の気配もない。夜明け前まで確かにあった罪人の姿はなく、すでにどこかへと消えてしまったようだ。
 帽子をさらに深く被り、長く息を吐く。
 きりりと痛む胸に、己が、世界が置かれている状況というものを、ひどく実感した。 均衡を保っていた天秤が大きく揺らぎ傾いている。穏やかな崩壊の序曲。生じてしまった傾斜の方に、次第に世界は引きずり込まれていく。今はまだゆっくりとに、しかし次第に加速度を増し、やがてすべてが激流の中に消えていく。果てに待つのは、確かな終わり。
 動き出してしまった歯車は、戻すことができない。

 しかしまだ、やれることはある。
 地平の彼方、ゆっくりと注ぐ光が世界をまばゆさに包んでゆく。その光が、彼の黄金を煌めかせる。まぶしさに細めた瞳で、徐々に鮮明になっていく世界の輪郭を確かめる。世界はまだ、その形を保っている。那由多の命の輝きとともに、いまだ美しくここに在る。
 裂かれた胸元をそっと隠すように外套を正して、レオは歩き出す。
 世界を照らす陽光は力強く背中を押す。
 己が世界に在る限り、果たすべき役割が在る限り、その光を絶やしはすまいと。
 静寂と光の中で、黄金の炎は静かに燃えていた。

 

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