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人形の夢と目醒め5

 木漏れ日に射す影。
 真っ赤な瞳が、じっとこちらを見据えていた。
 リサは伸ばしかけた腕を止めて、レッドへを視線をやる。
 その声は暗い海の底に降ろされた碇のように少女をつなぎ止めようとする。お前はこちらの世界でしか生きられないのだと。

「言っただろう。君を救うのはその男じゃない。その男は、君に裁きをくだす神の使徒なのだから」

 ――何を言っているの?

 くだらない妄言だと、耳をふさごうとする。
 しかし、なぜだかその声を振り払うことができない。
 心臓がどきどきと脈を速める。

「リサ。奴の言葉に耳を傾けてはいけない」

「君は知らないだろう。奴の本当の目的を。考えたことはあるか? レオがなぜ君を側に置いているのか、なぜ狭い結界の中に閉じこめているのか、その理由を」

 聴きたくない。聴いてはいけない。
 意志は彼の言葉を拒む、されどそれに反して鼓膜が震え、脳がその言葉を認識する。

「リサ――」

 自分を呼ぶ、レオの声。それがどんどん遠ざかっていく。

「教えてやろう、レオの目的。そのすべては君を『殺す』ためだ」

 ――嘘。
 そんなものは嘘だと、否定できる。あり得るわけがないと、首を振ってしまえる。信じられるわけがない。馬鹿げた妄想であると笑い飛ばしたくなるくらいだ。
 そのはずなのに――

「この男は世界を廻す役目を神から与えられた『王』。すべては『禍罪』である君を無に帰すため、自身の手で君を殺すそのために君を連れ戻そうとしているのだ。これまで君を大切にしていた素振りは全て偽り。強大な歪みである君の力を結界によって閉じこめ、力が弱まるまで側に置いて監視していたにすぎない」

 レッドの言葉が低く、重く、身体に響いて浸透していく。
 簡単に振り払えるはずの言葉だった。しかしその言葉は小さな種を芽吹かせていく。いままでどこかで抱いていた、気付かないようにしていた小さな疑念。
 甘い言葉を養分にして、種は大きく育っていく。伸びやかに育った蔓は少女の心をからめ取る。小さな綻びを広げて、深く根を張る。
 答えがすべてそこにあったかのように。それが真実だと、パズルのピースが埋まるように、心の空白にすとんと落ちる。
  
「レオ……」

 本当なの? リサは問いかける。
 疑心に揺れる真っ赤な瞳が映したのは、レオの惑い。
 
「……」

 言葉を探しては飲み込むように、レオは沈黙を返す。
 その惑いが、沈黙が、何よりの答え。

 たった一言。それだけでよかったのだ。

「――っ、どうして、何も言ってくれないの……?」

 違う、と。そう全て否定してくれたなら。

 リサはレオの手を払った。
 疑うよりも早く、身体が拒絶していた。
 後ずさり距離を置いて、静かに大きく見開いた瞳はレオを見つめる。全てに裏切られた絶望を宿して。

「待て、リサ――、ッ!?」
 
 レオは続く言葉を紡ごうとした。しかしそれは叶わない。

「もう遅い」

 ぎらりと光る鋼鉄の輝き。二刃の斬劇が突如として降り注いだのだ。
 背後に死の気配を感じ取って、レオは咄嗟にその身を退く。その瞬間、彼の立っていた空間に二筋の亀裂が生まれる。
 巻き起こった風が、掠めた頬を切り裂いた。
 レオは体制を立て直すと同時に、襲い来る敵の姿を仰ぎ、息を呑んだ。
 そこにあったのは二本の刃。
 先ほどまでレッドの手に握られていた剣だった。しかし、そこに在るべき者の姿――武器を持つ人間の姿はない。
 ふわりと、まるで引力から解き放たれたかのように。双剣だけが宙に浮いていたのだ。否、目を凝らす。装飾の施された剣の柄をしっかりと握る掌がそこにはあった。成人男性の骨ばった掌。そこから伸びる程良く引き締まった腕が、肘の先ほどの長さまで浮かんでいたのだ。
 その切り口と、酷く焼けただれた右手には見覚えがあった。先ほど刃を交えたレッドの、自らが断ち切ったその腕に違いない。
 それを確認するや否や、地を向いていた切っ先はカクンと向きを変え、まっすぐにレオを捉える。駆ける刃の速さは雷撃のごとく。


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あきゅろす。
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