人形の夢と目醒め2
ピシリ――
鏡面に亀裂が走るような、乾いた音が聞こえた気がした。
それは世界がひび割れていく音、崩壊の序曲。今、確かに世界をつなぎ止めている『何か』が崩れ落ちていく。
大気が揺らぐ。遙か天空、大いなる影が月の姿を覆い隠し、そして完全に呑み込んだ。
カツン、足音が鳴る。ミリカが円陣の中に足を踏み入れた。
その瞬間、地面に描かれた文様が、淡く浮かび上がるように発光し始める。
「さあ、時間よ」
ミリカの腕がゆっくりとディルへと伸ばされる。
◆
どおぉん……!
けたましい轟音が、びりびりと鼓膜を振るわせた。
ニナの巻き起こす爆発が塔を揺らす。
自身を飲み込もうとする高熱と光の炸裂を、ぎりぎりのところでかわしてディーナは反撃の銃弾を叩き込む。ニナもまたそれを完全に見切り、再び爆撃を起こす。
幾度となく繰り返される攻撃の応酬。果てのなく思える戦いは、しかし双方の体力を徐々に奪っていた。
「……もう! しつこいなっ。いい加減、おとなしく死ねよ!」
鬱陶しくまとわりつく蠅を払うかのように、ニナは思い切り右腕を振り切った。それに呼応して、空気が急激に熱を帯びて爆発する。
相手を一瞬で消し去る莫大な熱量を、それを上回る冷気が相殺した。ダズが咄嗟に機転を利かせ、爆発が起きる寸前で大気を氷結させたのだ。
一瞬にして気化した氷が、真っ白な蒸気となって視界を阻む。
互いの姿を見失い、攻撃の手が止まる。容赦のない攻撃を繰り返してくるニナであっても、老朽化の進んだ塔の中では闇雲に爆発を起こすことはできないようだ。
ディーナはその隙を逃さない。煙幕の中わずかに揺れる標的の影を捉え、光速で打ち抜く。
「ぐ……ッ」
光の軌跡を描いた弾丸は、ニナの右肩を鋭く抉った。
肩を弾いた衝撃によろめくニナの足を、氷の柱が捕らえる。氷は少女の足から徐々に広がり、巨大な氷塊の中に閉じこめようとする。
「邪魔ッ!」
それよりも早く、ニナは自らの足ごと氷を爆発させその熱で冷気を吹き飛ばす。
焼けた足は直ぐに元の形へと修復する。再生の途中でニナは後方跳躍し、形勢を立て直す。すぐに傷が癒えるからこその捨て身の行動だ。
しかし、着地したニナの息は荒く、血のあふれ出る肩口を押さえて憎々しげにこちらを睨む。
――やはりそうだ。
ディーナは確信する。
先の戦い同様、自分の攻撃は彼女に通用するのだと。
「このままたたみかけるわ! リイラ、ダズ、引き続き支援をお願い!」
わずかに見えた勝利への糸口。この好機を逃すまいと、ディーナは標準をニナへと定める。
「……調子に乗るなよ。無力な只の人間が。お前、絶対に許さない。お前だけはなんとしても、ニナが殺してやる」
対するニナも激昂に身体を震わせる。
同じ相手に二度も深手を負わされたことが、彼女のプライドを揺るがせたのだ。それによって敵の士気が高まったことも相まって、ニナの怒りは爆発的に燃え上がる。
相対する力はどちらも引くことを知らず、ますます熱を増していく。
極大まで膨れ上がった力と力が拮抗する。
緊迫した空気が張りつめる中、突如として異変は生じた。
「――っ」
メルベルの身体がびくりと揺れる。
彼女が感じ取ったのは途方もない、得体の知れない怖気。
この場の誰も気づかない、微々たる変化。しかし、それは確かに確実に世界を蝕む、崩壊への兆しだった。
「メル、どうかしましたか?」
後ろ手にメルベルを守りながら戦っていたリイラが、彼女の様子にいち早く気付き声をかける。
リイラの瞳に映ったのは、青ざめた顔で自らの身体を抱く天使の姿。
ただ事ではない、『何か』が起きたのだとリイラが理解した、その瞬間。
大地を揺るがす、突き上げるような衝撃が塔を襲った。
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