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廻る世界、揺らぐ月12

「ヴォルヴァ。それが憎き神が特別に愛した女の名だ。神に愛された聖女は、死してなおも結界によってその魂の安息を守られている」

 ゆっくりと墓標に伸ばされたレッドの指が、突如現れた障壁によって阻まれる。ばちりと、電撃が走るような音がしたと思えば、彼の指先は一瞬で焼けただれてしまう。
 めくれあがった皮膚に、赤黒く滲む血がしたたり落ちた。
 リサが思わず目を背けた生々しい傷をじっと見つめて、レッドは平然と言葉を続ける。

「我々に罪と生の地獄の苦しみを押しつけ、淘汰する神はただ一人の人間を寵愛し、魂の永久の安息を約束する。酷い話だと思わないか? 私は憎くて仕方がない。世界から愛されたこの女の安らぎを引き裂いて、呪いを浴びせ、死すら救いに思えるほどの絶望を与えてやりたい。そう思うのだよ……!」
 
 レッドの唇から漏れ出した言葉は、獄炎の熱に煮えたぎった怨念だった。
 憤怒とともに彼は刃を握り、一思いに振るった。

「……!」

 それは瞬きの間。いつ剣を抜いたのかも分からないほど、あまりに突然だった。
 彼の手を焼いた結界をねじ切って、その中にある墓石がぴしりと歪む。広がる亀裂はあっという間に石像を浸食し、聖女の悠久の眠りはあっけなく壊されていく。
 砂埃が舞い、乱れのない切り口で二つに両断された墓石の残骸ががらがらと転がった。
 曇った視界が晴れるとともに、墓石が在った場所から淡い光が立ち上る。やがてそれははっきりと線を浮かび上がらせ、一本の光の柱となって天へと放たれる。
 失われていた満月の輝きが一気にあふれ出たかのようだった。あたりは昼間のように明るく照らされ、まぶしさにリサは目を細める。
 天を刺す光は地上から天へと伸びているようにも、天から地上へと伸びているようにも見えた。空を多く雲の晴れ間から、光の帯を伝って聖なる神が舞い降りてくる。そんな神々しい光景だった。

「この光の柱は、世界の巡りを守る要の封印の一つ」

 そんな光景を、逆光の中に立つレッドは忌々しそうに見上げる。

「正しき命の巡りは、この世界があり続けるために不可欠なことだ。それを守るために、よからぬものの干渉を受けずに安定が保たれるように、神は世界の各地に封印を施した。ここは、その一つ。愛した女の墓場を封印の場所に選ぶとは、ずいぶんと神も感傷的なことをする」

 淡々とした声に笑い声を含ませて、しかしその目は一切笑ってなどいない。

「本来ならこの地は、我々のような歪みを受け入れはしない。リサ、君のおかげだよ。君をここに連れてきたのは、君の力が必要だったからだ」

「あたしの力って、どういうことよ」

「我々は世界の穢れから生まれた。その穢れが大きければ大きいほど、もたらす歪みも大きくなる。リサ、君の背負う罪は神の使徒が産んだ罪。その罪がもたらす歪みはかつてないほどの強大なもの。君の力は、世界にとって大いなる驚異となる」

 レッドの瞳がぎらりと輝いた。
 見つめられたリサは身動きがとれなくなる。
 ――自分の力が、世界にとっての大いなる驚異?
 そんなことを言われても、実感はなく。ただ困惑することしかできない。

「私が君をここに連れてきた理由は、神の施した封印の破壊だ。私は神へと復讐する。この世界に反逆し、罪の連鎖に終止符を打つのだ」

 君の力が必要なのだ。
 リサの腕を掴むレッドの手に力が増した。
 
「私の力では、封印を守る結界の破壊は出来れども、封印そのものの破壊はできない。この光の柱にすら、触れることはできないのだよ」

 レッドの指先から真っ赤な血がこぼれ落ちた。
 封印に触れただけでこうなるのだ。神の力そのものである結界に触れればどうなるのか、想像は難くない。


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