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廻る世界、揺らぐ月11

 ぐるぐると揺れる思考。そこに追い打ちをかけるかのように、レッドの言葉が注ぐ。

「受け入れられるはずがない。君の抱く感情は正しい。身勝手な世界に罪を押しつけられた憤り。痛いほどに理解できる。私も君と同じだから。だから、君が運命に抗うというのなら、私は君に道を示そう」

 優しく、甘い声だった。
 鼓膜を揺さぶり、脳に直接反響するような。
 レッドは再びリサへと手を伸ばす。

「我々の運命は変えられる。世界が与えた罪という不条理は覆すことができる」

「できるの? そんなことが」

「ああ。できるとも」

 惑いを含んだリサの瞳が、差し出された希望の言葉に見開かれる。
 それを映したレッドの瞳が宿す色は、見たことがないほど穏やか似落ち着いたものだった。
 淡いほほえみを口元に浮かべたまま、レッドは言葉を紡ぐ。

「世界に、神に、復讐するんだ」

 それは蜜のように芳醇で、麻薬のように深く溺れる罪の囁き。

「……復讐?」

 そうだ。
 穏やかな色をたたえたまま、紅蓮の瞳が怪しく輝く。

「我々は世界の膿だ。言い換えれば、我々の力は世界にとっての毒なのだ。歪みをもたらし、秩序を蝕む驚異となり得る。この力は世界を簡単に脅かせる。その理を書き換ええ、運命を覆すことだって……。世界が勝手に押しつけた罪だ。行使する権利が我々にはある。何もせず嘆いていては、世界に殺されるのを待つだけ。愚かしく運命に従うより、その運命を利用して世界に反逆する。この罪は神が背負いし報い。本来あるべきその形に世界を正す。それだけが、我々に残された救いの道なのだよ」

「あたし……」

 指し示された道を前に、リサは否定も肯定もできずに唇をつぐんだ。
 復讐がしたい訳ではない。復讐なんて事をしても新たな悲しみを生み出すだけ。判っていた。けれども。背負わされた罪から解き放たれることができるのならば。もう悲しまなくていいのならば。その切望が何よりも甘く、少女の心を誘う。
 
「迷う必要はない」

 柔らかな声が、惑いも不安もすべて包み込む。

「君はもう十分苦しんだのだから」

 リサをみつめるレッドの表情は慈愛に満ちていて、迷える子羊を神のもとへ誘う神父のよう。神への反逆をかたく意志に刻んだ男の姿にそのような感情を覚えるのはなんと皮肉なことだろう。 
 けれど今。リサにとって、差し伸べられた彼の手は地獄に垂らされた一本の糸。暗闇の中で道を指し示す、何よりの救いに感じられた。
 それでも、リサはその掌を取ることができなかった。

『綺麗な色だ。世界を包む夕暮れのようなやさしい緋の色』

 脳裏に浮かんだのは、かつて投げかけらえた救いの言葉。大嫌いだった自分を、ほんの少しだけ肯定できる魔法の言葉。
 自らが立つ場所が深淵の縁であり、糸にすがって踏み出したその先は奈落であることを彼女は思い出した。
そちらにはいけない。深き闇の底に漂う甘い夢に惹かれはしても、未だに彼女は光の世界自らをにつなぎとめる。

「……勘違いをしてはいけない」

 凍てつく冷気が空間を包み込んだ。今まで穏やかだったレッドの瞳の色が変わった。
それは、すがりつく者を地獄の底へと突き落とす修羅を思わせる。
 あまりの変化にリサの肩がびくりと震えた。

「君に、選択肢はないのだよ?」

「痛っ」

 レッドはおもむろに、リサの腕を掴んだ。あまりの力の強さにリサの表情がひきつる。

「自らの道を自ら選ばせようと思ったが、甘い幻想を捨てられないようだな。いくら迷おうと、我々の罪が消えることはない。我々が世界に徒なす罪人であることに代わりはない。リサ、君はすでにこちら側の人間なのだ」

「……はなして」

 ふりほどこうとする抵抗もむなしく、リサはそのままレッドに腕を引かれ聖女の墓標の目の前まで連れてこられる。
 青白く光る灰色の石碑に刻まれた名前――『Volva』。遠目からは読みとれなかった文字がはっきりと読みとれた。

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