廻る世界、揺らぐ月10
「恨むべくは、この世界。そしてそれを作り出した神だ。なぜ、『禍罪』が歪みをもたらすのか。それは、世界がそのように仕組まれているからだ。存在してはならない罪は世界によって淘汰される。世界の意志は我々を在るべき姿に、虚無に還そうとする。世界に存在する命はその意志のままに我々を拒絶し、消し去ろうとする。そう。彼らの嫌忌は世界の意思によるもの。そうして生まれた人間の心の揺らぎ――憎しみ、悲しみ、怒り――それらが歪みとなって、世界に認知される。これが『禍罪』が産む歪みの正体だ」
自らに冠された罪の名。
まるで、出来の悪い悲劇の脚本を読まされているかのようだった。
こんな滑稽で、都合のよい物語が自らの苦しみの根元だというのか。目の前がくらむ。
「生まれた歪みは、『禍罪』の居場所を知らせる標になる。『禍罪』のもたらす歪みに呑まれた人間は、正常な判断を失い歪みの一部と成り果てる。そうなれば彼らは『禍罪』を葬り去ることはできない。ゆえに、神は罪を裁く役目を与えた使徒を送る。標となる歪みを辿って、世界を揺るがす罪に、正しき制裁を下すのだよ。この血のような赤い色は、神が咎人を間違えず葬り去れるようにという、ご丁寧な目印でもあるのさ」
「……つまり、『禍罪』であるあたしは、世界にとって在ってはならない存在で、あたしがいるから世界は歪んで、皆が不幸になる。そういうことなの?」
「その通り。君はこの世界の罪の化身、『禍罪』。世界に混沌をもたらす滅びの種。己の望みに関わらず産み落とされた世界で、その罪を身勝手に押しつけられ。不幸を呼び寄せ孤独に苛まれた末に、世界から葬られる。そのためだけの存在」
悲しいことだ。レッドは紅蓮の瞳を嘆きに細める。
「ただ普通に人生を生きることすら許されない。そんな不条理を我々に押しつけて、世界はのうのうと廻っている。なんと嘆かわしく、腹立たしいことだろうね。『禍罪』などという烙印を背負わされなければ、我々は不幸を生むことも、歪みをもたらすこともなく、平凡な人間としての希有な人生を送れたはずだったのだ」
リサの脳裏にレッドの言葉が反芻する。
それと同時に、遣る瀬のない諦念と行き場のない怒りがわき起こる。
どうして。
答えのない問いが、思考を染め上げていく。
「世界の為に、我々の幸福は犠牲となった。平和の為の贄として捧げられ、果てのない苦しみと孤独の中で死にゆくことを強いられる。それが己の運命だと、簡単に受け入れられようか」
受け入れる?
そんなことができるわけがない。
握りしめた拳に力が入った。立てた爪が掌にちくりと痛みを伝える。
もがき足掻いて、それでも進んできた人生が、ただ世界に弄ばれていただけにすぎないと。どんなに希望を求めても、その先に待つのは破滅。己の死こそが、世界の求める結末。
血の滲む掌にどれだけ痛みを感じようと、どれだけの苦しみを抱えようと、世界はそれを消し去って、平然と廻る――それを受け入れてしまったら、認めてしまうことになる。
自分の痛みも、苦しみも、感情も、意志も。この命が何の意味も持たないということを、認めることになるのだ。
「……そんなのは、嫌」
――あたしは生きていたい。
希望を抱いて、自分自身の人生を生き抜きたい。かけがえない出会いを重ね、支え、支えられて。笑ったり、泣いたりを分かち合う。そんな平凡な幸せを刻みたい。
それすら叶わない、不条理な世界に自らの命の価値を決められるなんて。そんなことが、許されていいはずがない。
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