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廻る世界、揺らぐ月6


 後方から聞こえてきた轟音が、塔全体をゆるがした。
 思わず足を止め振り返りそうになるディーナを、リイラの声が引き戻す。

「ディーナ、前です!」

 はっとした眼前に獣の鋭い爪が迫っていた。咄嗟に身を反らし鼻先でそれを避けると、隙のうまれた無防備な腹部へ発砲する。
 きゃおん――弱々しいうめき声をあげ、猛獣は銃撃に倒れた。

「ごめん、ありがとう」

「いいえ、気を引き締めて行きましょう」

 猛獣が肉体を再生させるわずかな間、動きを止めているうちに再び走りだす。
 群がる敵をジャルが一手に引き受けたおかげで、猛獣たちの驚異は最小限に抑えられた。しかしまったくその数がなくなったわけではない。先ほどのように突如として現れる残党が油断を許さない。
 それでもただ、ディーナたちは上を目指す。
 
「……っ」

 突如、背に走る鋭い痛みにディーナを表情を歪めた。こんなことで立ち止まるわけにはいかないのだ。
 この程度の傷などなんということもない。唇をかみしめながら自身にそう言い聞かせ、足をひたすら前に動かす。

「ディーナ、大丈夫か?」

 彼女の異変に気づいたのだろう。先を進んでいたダズが足を止め、振り返った。

「わ、」

 進むことばかりに必死になっていたディーナは、それに反応できずにぶつかってしまう。バランスを崩した彼女の身体を、なんとかダズが支えたので大事には及ばない。

「……大丈夫だよ?」

「そうは見えないな。傷が痛むのか?」

 正直に答えてほしい。真剣なダズのまなざしを見ることはせずに、ディーナは首を横に振った。

「大丈夫、何ともないよ。傷はさっき完全に治したし、立ち止まるようなことじゃない。時間がないの。進まなきゃ」

 ディーナの視線はただただ前を向いていた。
 立ち止まるこの時間が惜しい。前に進まなくては、その意志だけが彼女を突き動かしている。
 痛みに震える自身の身体すら省みることなく。ただひたすらに、前へ、前へとその意志は向かう。
 ダズはディーナの肩を掴んだ。

「ディーナ。医者としての立場で言わせてもらえば、これ以上無理をして進むことはさせたくない。ここで、俺たちを待っていてくれないか?」

「いいえ。それは出来ない」

 ディーナは首を横に振る。

「足手まといになるなら、先に行ってくれてかまわない。見捨ててくれてかまわない。これは、私のわがままだもの。私は行くわ。私の力で、ディルを助けたいのよ」

 そう微笑んで、ディーナは再び足を進める。
 ダズはそれ以上何もいわず、彼女を引き留めることもしなかった。
 自分が何を言ったとしても彼女の意志を止めることはできないと、悟ったのだろう。彼はディーナの隣を走る。 
 様子を見守っていたメルベルとリイラも、それに合わせて走り出した。
 最上階が近づく。
 灰色の階段を登りきり、広い踊り場のような場所に出る。その最奥、大きくそびえたつ鉄の扉が目に入る。
 月守の塔というだけあって、両開きの扉にはそれぞれに月と太陽を模した装飾が施されている。芸術的価値を感じさせる遺構は、このような状況下でなければじっくりと眺めていたくなるほど。

 ――この先に、ディルがいる。
 そう思うだけで、ディーナの足は自然と速まる。
 しかし、扉と彼女たちを隔てる最後の障壁が待ちかまえていた。
 無機質な光景が広がる中で、ひときわ明るい色が咲く。それは灰色の世界で異様なまでに目を引く、人形を思わせる金色の花。
 
「あはは……こんな所までわざわざニナに殺されに来るなんて、本当に愚かだよね。お前らってさ」

 唇を三日月に歪めて、その瞳いっぱいに嫌忌を宿して、すべてをあざ笑うかのごとくニナは両腕を大きく広げた。


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