廻る世界、揺らぐ月5
しかし、相手の数が圧倒的すぎる。
どんなに動きを封じても、また新しい獣が道を塞ぐ。そいつに応戦している間に、先ほど動きを封じた敵が傷を癒して後ろから襲いかかってくる。
「これじゃあ、きりがありません!」
棍棒で数体の獣をなぎ払って、リイラが焦燥を露わにする。
次々と迫り来る猛獣たちは際限なく、このままではこちらが消耗する一方だ。強行してきたディーナの顔色も思わしくない。
自身の幻術で敵の意識をそらすことはできるが、先の任務で体力を大きく消耗している状態ではこれだけの数を術にはめることは難しかった。
思考を巡らせている間も、リミットは迫る。
「だーっ! くそっ、めんどくせえ! おまえら、先に行け!」
一体どうすれば、状況の打開に行き詰まるなかでジャルが叫びを爆発させた。
「おい? どういうつもりだ」
むしゃくしゃしてやけにでもなってしまったのかと、ダズはジャルを睨んだ。
「なんだよ眼鏡。べつに、自棄になっちゃいねえよ」
馬鹿にするなと、ジャルは舌を出す。
「こいつらを俺の重力で足止めするから、その隙に急げっつってんだよ。時間がねえんだろ」
「おまえ一人ですべて相手できるわけがないだろう。馬鹿を言うな」
「うるせえな。なりふり構ってらんねえだろ。ていうか、なめんな。俺は最強のジャル様だぞ」
突き立てた親指を自身に向け、ジャルは余裕に歯をみせる。
そうは言うものの、どこまでの勝算が彼にあるのかはわからない。ジャルが単なる思いつきで物事を成そうし、そして失敗するところを何度も見てきたダズにはその自信にあふれた表情は逆に不安を加速させる。
しかし同時に、彼の言うことも間違ってはいないのだ。ジャルの力であれば、再生能力を気にすることなく、猛獣の動きを一度に封じることが可能である。多少の不安に目をつむっても、ここは彼に任せることが最善なのだろう。
「……わかった。だが、無茶はするなよ」
「おうよ」
勢い良く中指を立てると、ジャルは一人仲間たちに背を向ける。
「さ! 早く行けよ。華麗にこの場をおさめて、ピンチに駆けつけてやんぜ!」
「ありがとう、ジャル。任せたわ。さあ、行くわよ」
ジャルの背を一瞥して、メルベルは皆を促す。
「がるる……!」
走り出す仲間たちを逃がすまいと、猛獣がのどを鳴らす。
「させねえよ」
遠ざかる獲物へ向けて地を蹴り上げるその肢体を、強大な圧力が上から押しつぶした。二体、三体と後に続く獣たちも、同様にしてその動きを封じる。
「お前らの相手はこのジャル様だ! 光栄に思えよ!」
揚々上げたジャルの声に、一斉に猛獣たちが反応を返す。
逃した獲物から、目の前の獲物に標的を切り替えた猛獣たちは、その身を屈めて牙を剥き出しにする。低いうなり声が幾重にも重なって、地鳴りのような重低音がジャルの鼓膜を振るわせた。
いつの間にか、剥き出しの敵意は四方をぐるりと囲うようにジャルから逃げ場を奪っていた。
均衡が続く。ぴくりとでも身体を動かせば、そこからなだれ込むようにして幾百の刃が降り注ぐ、そんな剣呑たる沈黙。
ジャルの口元が、にやりと歪む。そして彼は勢い良く、大地を蹴りつけた。
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