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廻る世界、揺らぐ月3

 塔の構造は円形になっており、吹き抜けのエントランスをぐるりと囲うようにして通路や部屋が配置されている。大小さまざまな部屋があり、休憩室や倉庫など、あらゆる用途に対応した造りが用意されていたが、そのどれもが層のように重なった真っ白な埃で覆われており、長らく人の立ち寄りがないことを物語っていた。
 さらにひび割れた床や壁の様子から、老朽化が進んでいるらしいことが見て取れる。
 足下に気を配りつつ塔を進んでいると、メルベルがおもむろに語り始めた。

「この塔はね。太陽と月のバランスが崩れる月食の日に、弱まる月の力を補うための儀式を行う目的で作られたの。塔の頂上で月に祈りを捧げて、世界の均衡を保とうとしたのよ」
 
 太陽と月。
 それは、この世界を照らす二つの光。
 すべての命が躍動する、光あふれる世界を照らす太陽。そして、命を眠りという安らぎへと誘う、闇の世界の標となる月。
 それは当然のように世界に存在し、命の営みに長く寄り添ってきた理である。

「この世界の成り立ちを、皆は知ってる?」

 世界の成り立ち。突然語られた言葉に、一同はぽかんと呆気にとられた顔をする。もちろん、メルベルに頷き返す者はいない。

「まあ、当然よね。この世界はね、太陽と月という二つの力の源から成り立っているの。太陽は生命の始まりを、月は生命の終わりを意味しているのよ。空に浮かぶそれは、その力の象徴みたいなものなのよ」

 進むはばたきは止めずに、メルベルは両の手のひらを広げる。
 ぽう、とやわらかな光の玉が小さな手のひらに灯る。ひとつは太陽を、ひとつは月を形どっていた。

「生命のはじまり。太陽は世界を巡る大きな力が生まれ出る場所。そこから生まれた命は豊かな恵みをもたらし、新たな命をはぐくんでいく」

 右手の太陽から、金色の光の粒が溢れ出す。
 躍動するそれは川のようにたゆたう流れをつくり、メルベルの腕を伝うようにきらめいては左手の月へと向かっていく。

「月は命の終わり。役目を終えた命が還り、眠る場所」

 太陽から流れてきた光の粒を吸収して、月の光が淡く灯る。夜闇に海が凪ぐように、静かで穏やかな光。

「そして、眠りについた命は再び巡る。夜の終わりに日が昇るように。命もまた、夜を経て朝へと向かうの」

 淡い月の光がゆらゆらとゆらめいた。そして、光は再び新たな流れを生み出して、右手の太陽へと巡る。

「命は生まれ、輝き、そして眠る。夜を越えて、太陽のもと再び生まれ、また巡っていく。こんな風に、世界は循環しているの。太陽と月の光の加護をうけて命の営みは続き、世界は世界であり続ける」

 メルベルの手のひらに、太陽と月を巡る円環が生み出される。光は二つの円球の中心に一度収束し、∞の軌跡を描いて、きらきらとたゆたう。

「これが、世界の成り立ち。太陽と月は世界にとって大きな意味を持つのよ」

「そんな話、今までどんな文献を読んでも載っていなかったよ」

 眼鏡を指先で持ち上げるダズに、当然よ、とメルベルは微笑んだ。

「世界の仕組みの話なんて、この世界を創造し管理する者たちしかしらないことだもの。ふつうの人たちの知る必要のない知識だわ」

「さっき、君が知っているかと訪ねたんじゃないか」

「そうだったかしら? まあ、それはそれとして、この世界はね。太陽と月の力が正しく巡ることによってバランスが保たれているのよ。世界のバランスが崩れてしまうと、環境や生命に大きな影響をきたしてしまう。そんなことが起きないように、役目を与えれた者たちがきちんと正しい世界の循環を守っていたのよ。この世界は二つの国に分かれているでしょう? それぞれが太陽と月を守護する役割を担ってきたのよ」



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