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廻る世界、揺らぐ月2

「そんなの聞いたことがない」

 ダズは眉をひそめた。
 勉学において、彼は人よりも熱心な取り組みを行ってきた。医学がその代表的な例であるが。一つの学問にとらわれず、多角的な視点をもつためにあらゆるジャンルの書物に目を通してきた。それゆえに、自身の知識や見聞はそれなりに優れているという自負があった。
 しかしそんな彼の知識に、神に関するものは何一つない。関連する書物すら今まで見かけたことはない。あったとしても、それは空想を語る娯楽にすぎなかったのだ。
 今起きている事、明かされた『真実』。そのどれもが彼の知識を裏切り、嘲るような事ばかりで、どうにも簡単には受け入れることができずにいた。
 そんなダズの心情の機微を知ってか知らずか、メルベルは悪戯に微笑むと自らの羽根を強調してくるりと回ってみせた。

「だって天使がいるんだもの。神様がいるのは当然でしょう?」
 
「それは、そうだけど」

 どうにも納得のいかずに、ダズは唇をきつく結んだ。
 しかし、神の存在の有無はこの場においては重要な問題ではない。これ以上の問答は時間の無駄であるし、そういうものとして自らを納得させるしかないのであろう。
 
「詳しい話はまた今度ね。……皆、一度空をみて」

 メルベルはウインクでダズとの話を切り上げて空を指さす。時間が惜しいと思ったのは、彼女も一緒だったのだろう。
 小さな指先が天を示す。その先にあるのは夜闇の中で導の光を煌々と放つ満月。浮かび上がる白銀の星は遙か遠く。
 だが、その輝きに小さな綻びが生じていた。

「月が、欠けてる?」

 飛び込んできた光景に、ディーナの驚く声。今宵は満月。空に浮かんでいるのは、一つの陰りもない完全なる光であるはずだった。しかし、まるで真っ黒な闇が浸食するようにその輪郭の縁を染めつつある。今や空に浮かぶのは端の欠けたいびつな満月。

「今日は月食なの。太陽が月を食らう日。月が完全に陰に飲まれる前に、この塔を登りきるわよ。時間が惜しいから、詳しい話は移動しながらするわ。さあ、ついてきて」

 ◆

 『月守の塔』
 それはかつて、神が居た時代に月に祈りを捧げるために作られた場所であった。
 今では打ち捨てられ、その真価を知る者はほとんどいない、過去の遺構。神様がいた頃に使われていたというだけあって、その様相はかなりの歴史を感じさせるものである。
 石を積み上げて作られた外壁は蔦や苔に覆われ、唯一の出入り口である鋼鉄製の扉もすっかり錆び付いて赤茶けてしまっていた。
 きしんだ音と共に開かれた扉から中に入ると、灰色の壁面がどこまでも続く、無機質な世界が広がっていた。
 塔の中は吹き抜けになっており、壁に沿うようにして螺旋状の階段が最上部まで続いている。階段の先は濃い闇が立ちこめていて、この場所からはよく見えない。

「この階段を登るのかよ」

 何段あるのか数えることすら放棄したくなる、途方もない道程にジャルは辟易する。

「それでも行くしかないわ」

 ディーナは最上部に目を凝らす。
 この先にディルがいる。そう思うと、自然に気持ちが逸る。しかし同時に、ここは敵陣のど真ん中なのだ。どんな罠が待ちかまえているかもわからない。気持ちは常に引き締めて。慎重に、かつ迅速に進まなければ。

「こっちよ」

 メルベルが先陣を切り、翼を翻して進んでいく。その後を追って、ダズ、リイラ、ディーナ、ジャルの順で形で階段を登っていく。
 下から見るとまっすぐに最上部に続いているように見えた階段だったが、ある程度登ったところで螺旋が途切れ、塔の内部に続く通路を進む必要があった。足下を小さな電灯が照らしているだけの半円状の薄暗い通路を抜けて、再び上へと続く螺旋階段を登る。


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