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廻る世界、揺らぐ月1

 ◆


「――ついたわ」

 メルベルの落ち着いた声が響いた。

 レオによって転送されたダズたちは、無事に目的の場所にたどり着くことに成功した。だが、その顔色は一様に蒼白。すっかりとやつれた面もちであった。

「うぶ。気持ち悪……」

 今にも喉の奥から溢れ出しそうな、胃の内容物を押さえ込んでジャルは口元を押さえている。

「ってみんな、大丈夫?」

 仲間たちの死屍のごとく顔色に気づいたメルベルが、心配の声を上げた。これではディルを助け出すどころではない。

「結構、ハードなんですね……」

 苦虫を噛み潰した笑顔で、リイラが額の汗をぬぐった。
 レオの術は、メルベルの施した術を起点に座標と座標を結ぶ橋をつくり、そこを渡ることで空間の移動を可能にするというものだった。
 先ほどまで彼女たちが居た場所とミリカという二つの点をつなぎ、次元の狭間ともいえる異空間を通って瞬間的に移動したのである。
 言葉にすると便利な術であるが、問題はその異空間。二つの地点を結ぶ通路はこの世界の物理法則やらなにやらがいっさい消失した、混沌とした空間である。
 あらゆる方向からくる重力に押しつぶされるかと思えば、今度はすべての引力から解放され、無重力に投げ出される。そんな無秩序な空間を一瞬にも永遠にも感じられる時間。メルベルの声だけを、投げ出されそうになる意識を身体につなぎ止める命綱にして渡るのだ。
 それの過程がなかなか過酷であり、一同の気力を根こそぎ奪っていったのだった。
 
「ごめんね? まさか、あなたたちにとってそこまで負担がでるなんて。想定外だったわ」

 両の手を顔の前であわせて、ひたすらに謝罪の意を表明するメルベル。

「酔い止めの薬を持ってきて正解だったよ。みんな、これ飲めるかい?」

 自身も真っ青に顔面を染めながら、鞄の中から錠剤を出すダズ。出発直前に慌てて準備した医薬品が、こんなにも早く役に立つとは。
 幾分か落ち着いた様子の仲間たちを見て、ダズは表情を緩めた。

「ディーナは大丈夫?」

「うん。大丈夫。アトラクションと思えばそんなにキツくもなかったし」

 怪我のこともあって一番の気がかりであったディーナだが、むしろ皆よりもダメージを負っていないようにみえた。

「それはよかった」

 乱れてしまったマフラーを巻き直し、安堵する。
 ひんやりとした夜の風も手助けして、こみ上げる胃の圧迫感は次第に収まっていく。
 見上げた視界には、大きな満月。そしてそれに届かんと荘厳に立ち尽くす、巨大な塔。
 彼らがたどり着いた場所は、人の営みから離れた僻地だった。
 聞こえるのは草木を揺らす風の音。そして、それらと塔が生み出すうねり。
 月にそびえるように立つ塔を囲うのは断崖。見下ろした先ははるか、この場所がずいぶんと高所であることはあきらかだ。
 
「ミリカのすぐ側までいくつもりだったのだけど、さすがにそれは阻まれちゃったみたいね」

「メル。ここは一体どこなんです?」
 
「ここはおそらく、『月守の塔』ね」

「『月守の塔』?」

「むかし。神様がいた頃に使われていた場所よ」

 メルベルは遠い彼方をみるように、空を見上げた。
 そんな彼女にダズは先刻からの疑問を投げかける。

「先ほどから、神様という言葉を聞いていたんだが。神様というのは、伝承上の架空のの存在だろう? それを復讐であるとか、本当に居たかのように話すのは一体どういうことなんだ?」

「伝承上、なんかじゃないわ。この世界には神様がいるのよ」



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