そして夢は泡沫のごとく10
表面的に傷を癒して、無理矢理動ける状態にしているだけ。体力や精神力までは回復しきれていない。とてもではないが、万全の状態とは言い難い。
それでも彼女を突き動かすのはディルを助けに行くという強い意志だ。誰が止めたとしても、けしてそれを折ることはできない。
「大丈夫って……。ほんと、無茶するんだから……」
メルベルは強行にでるディーナの身を案じつつも、見せつけられたその覚悟の前にはどんな言葉も意味をなさないであろう事を悟ったようだった。
「本当にいいのね。共に来るなら、怪我人としては扱えないわよ」
「ええ。そんなこと、わかってる」
ディーナはうなずく。
「わかったわ」
頑なな瞳はゆるがない。メルベルもその意思を尊重することを決め、大きくうなずいた。
「俺も行くぜ」
次に声を上げたのはジャルだった。
「世界だなんだ、ごちゃごちゃしたのはどうでもいい。仲間の、ダチのピンチだ。見過ごすなんざ男じゃねえ!」
強く拳を握ると、勇ましく言い放つ。
リイラもそれに深くうなずいた。
「私も同意見です。ともに参ります」
そして、最後のダズも。
「こうなったら俺も行かないわけにはいかないね。医者としても、患者を放っておくわけにはいかないし」
「みんな……」
心強い仲間の声。ディーナは安堵に口元を緩めた。
皆の意志がひとつに固まったところで、レオが動く。
おもむろに右手で帽子を掴むと、深々と被っていたそれを脱ぎ取った。露わになった金色の髪がふわりと揺れて、月明かりに照らし出される。
「皆、本当にありがとう。重い荷を背負わせ、そして危険に向かわせてしまって本当に済まない。君たちの勇気と仲間を思う心に心からの敬意と感謝を言わせてほしい」
そうして、レオは深く頭を下げた。
突然のことに、一同は戸惑い困惑する。それと同時に、秘められていた黄金の美しさに一瞬目を奪われる。
「気をつけて、な」
再び顔を上げたレオは、髪と同じ黄金色の瞳を細めて屈託なく笑う。
「――さあ、時間はあまり残されていないわ。みんな、準備はいい? 私の元に集まって」
いつもは隠されている上官の素顔を、まじまじと見つめている時間はない。背中に生える白い羽をふわりとはばたかせ、メルベルは宙を舞う。
その声に従って、一同は彼女を中心に囲んで集まる。
ダズは少し遅れて、医薬品をいくつか鞄に詰めてくる。
皆の準備ができたのを見計らって、いつのまにか帽子を被りなおしたレオがいつもの顔で言った。
「準備はできたみたいだね。これから、メルの力で皆をミリカのところに送る。ただ、術を使う俺は一緒に行くことができないんだ。共に行って力になれなくて申し訳ない。けれど俺は俺で、やるべきことをするから」
レオは手にした杖を横に構え、両腕を延ばし胸の前にかざした。すると、メルベルの周囲がぼう、と淡い光に包まれていく。
光は次第にはっきりとした輪郭を成し、足下に円形の陣として浮かび上がる。まるで何かの模様のように、複雑に絡み合った術の構成式は今までみたことのない特殊な言語で記されており、その意味まではわからない。
興味深げに足下を見つめるダズに「遠い昔の神様の言葉よ」とメルベルが耳うった。
「それじゃあ皆、頼んだよ」
杖をくるりと回し、陣の刻まれた地面に打ち付ける。
すると光は見る見るうちにまばゆさを増し、メルベルたちを包み込んでいく。目開けていられないほどのまぶしさを放ったあと、彼女たちの姿は完全に光に飲まれる。
昼夜の境がわからぬほど瞬いた光が収束するころには、その姿はどこにもなくなっていた。一人残されたレオだけが、降り注ぐ光の粒を受けて立っている。
その瞳に宿るのは満月にも劣らぬ、ぎらりと燃ゆる金色の輝きだった。
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