そして夢は泡沫のごとく8
「……けれど、リイラの言うとおり。状況は変わってしまった。悠長に希望を願ってはいられない状況の中に、今俺たちはいる」
さあ、突如吹いた風が開け放たれた窓からカーテンをひるがえした。それは生ぬるく湿気をはらんで、触れた肌からけだるさを伝わらせる。
空に輝くのは満月。風が雲をさらって、その完全なる円が露わになる。
雲が払われたにも関わらず、届く月明かりはますます陰っていく。何か得体の知れないものが、月光をゆっくりと飲み込んでいるような、大いなる不吉が這いずる。そんな予感。
見上げた空に映る月に、ディーナは一抹の不安を覚えた。きっと、自身の心が見せる幻惑であろうと、いやな予感を振り払う。
「ディルは今、彼を造りだした男の元に捕らわれている。研究施設の最奥で、ニナという少女と戦ったそうだな」
「はい」
ディーナはうなずく。
「彼女があそこにいたのは、けして偶然なんかではない。はじめから仕組まれていたんだ。ディルをあの場所まで誘導し、取り返すこと。それが奴らの狙いだった。そして、俺たちはその思惑通りに『彼女』の情報に踊らされてしまった」
レオの表情が曇る。
元はといえば、今回の任務はとある情報が発端であった。コアを持つ生命体と、軍との関連性。研究施設の情報はそれを調べるための有力な手がかりとして、ミリカがくれたものだった。
全員がはっとする。行き着いた『彼女』の答え。
「ミリカはあちら側の人間だった。俺たちを裏切っていたんだ。あまり、信じたくない話だけれどね」
「あのババア……! 変な情報教えやがって、ゆるせねえ!」
拳を握りしめるジャル。
対してダズは冷静だった。
「けれど、あの施設自体が嘘だとは信じ難い。あそこにあった手がかりは、すべて本物のようだった。ディーナもそう思うだろう」
「うん。私も、あそこで見た資料が嘘の物だとは思えない」
施設で目にした見知った名前。あれがすべて虚構であるとは思いがたい。ディーナもダズに同意する。
「情報自体は正しいはずだよ。こんな事になってしまったけれど、ミリカは仕事で嘘はつかない。情報屋であることは彼女の誇りだったから、何があったとしてもその誇りを汚すようなことはしない。彼女の友人として確信を持って言えることだ」
「本当かよ?」
「施設で得た情報については、私も信じていいと思います。ジャルも見たでしょう。施設を守る軍の体勢はしっかりとしたものでした。普段から常習的に監視を行っているのでしょう。私たちをおびき寄せる罠のためだけに用意されたわけではなさそうでしたし、それだけのことに軍が協力をするとも考えられません」
「それは確かにそうだな」
疑い眼のジャルだったが、リイラの言葉に納得する。
「軍が有核生物の実験をしていたことに間違いはない。けれど、ディルが連れ去られた件と軍は無関係。そういうことになるのかな」
先ほどとは逆の手で眼鏡を持ち上げながら、ダズが状況を整理する。混乱する自らの思考をまとめる意味合いもあったのだろう。
「……敵はディルをどうするつもりなんですか?」
募った不安をディーナはレオに向けて吐き出した。平静を心がけようと努めているものの、その声はかすかにふるえていた。
「ディルの兵器としての力は今、封印され眠っている状態にある。だからこそ、普通の人間として今までいられたんだ。奴らの狙いはその力を再び呼び起こすことだ。力の封印を壊し、ディルに本来の役割を果たさせる。それが、敵の目的だ」
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