そして夢は泡沫のごとく5
◆
目の前の男が何を言っているのか。直ぐには理解が出来なかった。
ただ、直後に口からこぼれたのは二回目の拒絶だった。
「違う」
「なぜ否定する? そんなことは無意味だというのに。人間とのなれ合いで、余計な感情を学びすぎたか?」
ネオは理解が及ばないといった風に首を傾げると、おもむろに檻から手を離す。
「まあいい、受け入れられぬと言うなら、解らせてやる」
そのまま数歩退くと、ネオの周囲に闇が蠢く。
漆黒の影は伸縮を繰り返しながらゆっくりと形を変え、ネオの身長をほどの長さを持つ真っ黒な刀の形を成す。
「ニナ、こちらに来なさい」
握りしめた刀を構え、ニナを檻の外に出るよう促す。
躊躇いながらも彼女がその指示に従いディルから離れるのを確かめて、ネオは思い切り刀身を振り下ろす。
漆黒の大太刀は風を巻き上げながら鉄格子を両断し、その先のディルを容赦なく斬りつけた。
烈刃は皮膚を断ち、その奥にある肉をも容易く引き裂いた。溢れ出した真っ赤な血がびしゃりと一面を濡らした。
ディルの身体を引き裂いた刃は、左胸から右腹部をぬけ内蔵にまで到達する、人間であれば致命傷になるであろう容赦のない一閃。
「が……ぁ……っ」
脳髄をかけめぐる雷轟のような衝撃に、ディルは苦悶の表情を浮かべる。何が起きたのか、理解するよりも先に焼けるような痛みが思考を塗りつぶし、溺れていく。
赤く染まっていく視界、刻み込まれたのは『死』の感覚。
失われていく命の体温。断ち切られていく感覚。すべてが剥がれ落ち、無へと葬られる。しかし。
……どくん。消えかけた火種が揺らめいて燃え上がるように、再び大きな脈動をうつ心臓。熱を帯びる身体。ばちばちと青い電流のような光がディルの身体から発現する。それに伴って、切り裂かれた内蔵、筋肉組織、皮膚が、ゆるやかに時間を巻き戻してゆく。
彼の命は終わらない。
気がつくと、ディルの身体は完全に元に戻っていた。切り裂かれたはずの胸は綺麗に塞がり、傷跡一つ残ってはいない。掻き毟るような痛みも、まるで幻だったかのようにすっかり消え去ってしまった。
一体なにが起きたのか。
ディルは呆けた表情のままぼんやりとネオを見つめた。
「これで、解っただろう。己の存在がどういうものであるか」
ぽたり。飛び散った血漿が鉄格子の断面から地面へとつたう。
刻み込まれた現実が、徐々に実感となって染み込んでいく。
「私はコアの有する無限の再生力を生命体に適合させることで、終わることのない永遠の命を造りだした。神の造りだしたこの世界の構造を変えることに成功したのだよ」
ネオは再び黒刀の切っ先をディルの胸へと突きつけた。
「それがお前だよ、ディル」
触れた刃はむき出しの肌を傷つけ、そこから赤い血が流れる。しかしそのちくりとした痛みも、瞬く間にきえてなくなる。
「生命体とコアの適合実験、お前はその最初の成功例にして、最高傑作だ。ここにいるニナや、これまで差し向けた実験動物たちはみなお前をベースにして生み出された。コアの有する力は絶大だ。ゆえに、並の肉体であってはその力の反動に耐えきれず崩壊してしまう。力の代償に耐えられるだけの強靱な肉体でなければならないのだ。通常の人間と、お前は違う。心当たりくらいは在るだろう」
「……」
ネオの言葉に、ディルはなにも返すことができなかった。
彼の言っている言葉が紛れもなく本当のことであると、理解してしまったからだ。
そうであるなら、すべて納得がいく。
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