そして夢は泡沫のごとく4
「どういうことだよ。さっきから、言ってることの意味が分からない」
居心地の悪い歪んだ舞台は、自分だけを取り残して転調を繰り返す不快感。ディルは奥歯を噛んで、ぎろりと役者を睨んだ。
どれだけ剥き出しになろうと、檻の中の猛獣の牙が獲物に届くことはない。そう哀れんで、ミリカは小さく吐息をもらす。
ひたり、石畳の床に裸足が触れる。ニナが再び、ディルの側に歩み寄る。躊躇いなくディルの輪郭に右腕を伸ばすと、互いの鼻先が触れあうほどの距離にまでその顔を近づける。
「本当に、全部わすれちゃったんだね。自分が生まれた理由も、課せられたその役割も」
憂うニナの瞳が、ディルの視界を埋め尽くす。そこに灯った色は、今まで見たどの輝きよりも感情的だった。
「ディル。前も言ったよね。ディルはニナと同じだって。でも、あなたはそれを拒絶した」
ニナの鮮やかな鏡面の瞳がまっすぐにディルをみつめる。
「それはね。知りたくなかったから。ディル、あなたは自分の役割を思い出したくなかったのよ。人間に絆されて、人間であることを望んでしまったから」
「やめろ」
無意識に、拒絶を放っていた。それ以上は聞きたくないと、何故かそう思った
「ニナも、ディルも、『人間』だよ。でも、あなたを揺らがせる脆弱な人間たちとは違うの。ニナたちは新たなる存在。人間を淘汰するために造られた『人間』」
ニナの唇から溢れ出す言葉は、拒絶を突き破り重厚な響きを鼓膜へと反響させる。
硝子玉の瞳に、自分自身の姿が映る。それはひどく歪んで、何者であるかさえ判らない。
「違う……」
ニナは再び、ディルの身体を抱きしめた。
「違わないよ」
片腕の少女の力とは思えないほど、強い力だった。揺らぐ意識に、心臓の音が聞こえた。それは先ほどは感じられなかったつめたい鼓動。触れた肌を通してかすかに伝わる
、彼女の旋律。
「ふ、ふはははははは!」
突如として高らかな笑い声が響いた。
「これは、傑作だな」
その声の主はネオだった。常に浮かべる冷笑とは正反対の、剥き出しの感情そのままの哄笑。
驚いたミリカが思わず主の顔を見上げた。その表情に一瞥もくれず、ネオは笑い続ける。
「自らの造られた理由を忘れただけでなく、自らを人間と思いこみ、そうあることを望むか。まるで本当に人間のような感情だ。聖女の呪いは、兵器をここまで人間たらしめるか。これは、本当に最高傑作だな。だが、残念ながらどんなに否定したとして、ニナの言葉は真実だ。人の世に浸って、余計な感情に踊らされた哀れな我が子に、現実を教えてやろう」
まるで激しさを増すタランテラのように、堰を切ったネオの言葉が濁流となり注がれる。
カツン、再び靴音をならしてネオが前へと進み出る。
ディルの正面に立つと、思い切り鉄格子を掴み、限界までその身を乗り出す。ガシャンと、無機質な鉄の音。ぎょろりと見開かれた双眼が、力なくうなだれる少年をのぞき込む。そして、吐き出される言葉。それはまるで、小さな子供に語り聞かせるように。戒めをしっかりとその身に刻みつけるように。
『真実』が語られる。
「お前は人間ではない。私が造りだした、神を殺し、この世界を壊すための破壊兵器だ」
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