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そして夢は泡沫のごとく3

「――直ぐに解るわ」

 突如響いた声が、疑問符を塗りつぶす。それと同時に、突如として灯った小さな光源が、暗闇に輪郭を映し出す。
 檻越にこちらを監視する、氷のような視線。全てを見透かす藍色の瞳と、艶のある銀色の長い髪。
 そこに在るのは本来ならばここにいるはずのない人物。

「ミリカ、何の用? ニナの邪魔をするなよ」

「あら、ごめんなさいね」

 ニナは不快感を露わにし、殺気を含んだ声で威圧した。
 それをものともせず、ミリカはにたりと妖艶なグロスを滑らせる。

「どうしてお前がここにいる、そう言いたげね」

 自身を見据えるディルの鋭い視線に、くすりとミリカは笑う。
 レオの友人としてみせていた協力的な振る舞い、そのすべてを偽りにして。さも平然と立つその姿には、怒りも驚きも生まれはしなかった。

「けれど、そんなに驚いてはいないようね。薄々感づいてはいたのかしら? そう、私の目的ははじめからあなただったの。ディル」

 己を見据える静閑な視線は見下ろして、ミリカは腕を組んだ身体を妖艶にくねらせる。

「あなたをネオ様の元に導くこと。それこそが私の役目。そのために、レオに情報を与えあなたたちをあの研究施設に導いたの!」

 頬を紅潮させ、どこか芝居じみた大げさな挙動でミリカは高らかに語る。
 胸くそ悪い喜悲劇を目の前で演じられているようで、気分が悪い。
 その一方で、やはりそうかと腑に落ちる。今まで感じていた不信の理由が明確に顕れたことで、押し込めていた敵意を存分に振るうことができる。静かに生まれた感情はそんな安堵であった。
  
 カツン、足音が響いた。
 直前までの演目の余韻も残響もすべてその音に収束し、かき消される。
 ミリカの頬がますます紅く彩り、その瞳が恍惚の色に塗り替えられていく。
 ざわざわと空気がざわめく。光源のない暗闇にあるはずの牢獄に、より一層の黒闇が浮かぶ。ゆったりと長い髪を、ローブの裾を揺らして。全ての星の光すら飲み込む深淵を宿した瞳が現れる。
 
「そう怖い顔をするな、ディル」
 
 瞬間、全身が逆立つ圧力がディルの瞳を見開かせた。
 黒衣の男は自らの黒髪をかきあげて、わずかに口角をあげた。
 
「ネオ!」

 声を弾ませると、ディルの身体に回していた手をするりと放し、ニナはネオの方へと駆け寄る。鉄格子に手をかけて、檻越しに微笑む。
 ネオは優しげな表情でニナに応えると、直ぐに無機質な視線をディルへと向けた。
 
「気分はどうだ」

「……答えるまでもねえよ」

 ディルは視線を逸らす。
 「それもそうだな」ネオは冷笑する。

「私の姿を見て、何か思い出すことは?」

「ねえよ」

「そうか、哀れなものだ」

 言葉とは対照的に、一切の感情を感じさせない響く低い声。
 底なしの闇を思わせる瞳、生気を感じさせない白い肌。
 そのどれもがディルは不気味で仕方がなかった。
 刃の先を向けられている訳ではないのに、目に見えない切っ先が常に喉元に突きつけられているような寒さに身体が強ばる。
 抗うこをと許さない、大いなる絶望。目の前の男を形容するには、その言葉が相応しい。自らの意志も、身体も、命さえも。この男の引く意図のまま、なにもかも簡単に弄ばれ、意味をなくしてしまう。そんな諦観が、きつく絡みついた糸のようにすべてを支配する。

「……お前は、一体なんなんだ。気持ち悪いんだよ。この身体が、自分の物じゃないみたいで。言うことをきかない。お前を殺したいのに、それができない」

 ディルはじっとネオを見据えた。瞳に宿るのは明確な敵意。それが己を飲み込まんとする圧力への必死の反逆であることを見抜き、あざ笑うのはミリカの声。

「それは当然よ。あなたはネオ様には逆らえない。人形が糸に抗うことはできないのだから」



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