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暁の鐘なりて8
 その双眼はじっとディルを見つめ、警戒に神経を研ぎ澄ます。

「ーーニナ、そこを退け」

 静かに、ディルが開口した。
 その言の葉に圧はない。水が染み渡るように、すうっと空気に溶けていく。しかしニナは、一層身構える。風は凪いでなどいない。静穏の中で研ぎ澄まされた刃は確かに彼女の喉元をとらえている。
 
「……どうして? そんな女、死んだところで何の問題もないじゃない。虫けらの命に価値なんてないんだよ? どうしてそんなに執着するの? 放っておけばいいじゃない。そうだ。ニナがとどめを刺してあげる。ちゃんと殺してあげる。そうすれば、心残りなく捨てられるでしょう?」

「退けと言っている」

 ゆらり、大気が揺らいでゆく。
 自らを支配する王の下へ、その意志のままに。彼の刃となりて、仇なすモノを穿つために。

「嫌……!」

 ニナは声を荒らげる。
 強大に膨れ上がってゆく牙は、その姿を潜めながらも空間を支配し、仇なす者の喉を裂こうと手をかけている。ニナの意志はそれに臆さない。彼女は畏れなかった。彼女は頑なに、自身の正義を疑わない。
 
「そうか。そいつが悪いのか。その女が、ディルを誑かしたんだ。だからディルは、判断を狂わされてる。その女がすべて悪いんだ。だからディルはこんなにも弱く、おかしくされちゃったんだね……。大丈夫、ニナが解放してあげる。その女を殺せば、きっと自由になれるから。ニナが助けてあげる!」

 ニナの瞳がぎらりと輝いた。
 その輝きは、まっすぐに標的を捉える。意識を失い、ぐったりと横たわるディーナへと。その息の根を完全に止めるために。そして、それがディルにとっての救いであると信じて。
 残っている左腕をディーナへと翳す。抵抗することが出来ない彼女を一方的に蹂躙し、その命を跡形もなく消し去ろうと。

「……させるかっ」

 ディーナの周囲の空気が急速に圧縮され、熱を持つ。急激な圧力の上昇に耐えきれず、大気が炸裂するその間際。 
 ディルは留めていた風を息に放出する。放たれた風は渦を巻きながらその密度を増し、巨大な壁を形作る。壁はニナが引き起こした爆発とぶつかり、閃光とともにけたましい轟音が響く。
 

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あきゅろす。
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