移ろいゆく日常1 しばらく進んでいると、木々の間に一軒の家が見えてくる。 「あれが俺の家です」 家の方向を指さしてベルトが言う。 森の真ん中にぽつりと建つ一軒家。その窓からはあたたかな光が漏れだしており、人の気配を感じさせている。 玄関の扉に手をかけると、ベルトは少しばかり開くのを躊躇する。 「どうしたの?」 「……いや。今まで忘れてたけど、母さんのこと、思いだして」 「?」 表情を曇らせて、数秒の間何か考え込んでいるベルトをディーナは不思議そうに見つめる。 そして、意を決したのか勢いよく扉を開く。 「ただい……」 「遅い!」 ただいまの言葉をさえぎって、怒号の声が空を震わす。同時にベルトの身体が吹き飛ぶ。 一瞬のできごとに何事かと目を丸くする客人二人を余所目に、ベルトを殴り飛ばした人物は仁王立ちで扉の前に立ち、玄関下まで転げ落ちたベルトを見下している。 「……っ、何するんだよ!母さん!」 殴られた右頬を抑えながら、帰ったばかりの息子に拳を喰らわせた母親に涙目で訴えるベルト。 「何するだぁ?あんたこそ、今何時だと思ってるわけ?」 「し、仕方ないだろ!?いろいろあったんだから!」 「言い訳は聞かん!」 ベルトの言及をばっさりと拒否すると、女性は黒い笑みを浮かべて眼下のベルトへとゆっくりと歩み寄る。そして、何のためらいもなく襟首をつかむ。 「ひぃっ」とベルトの喉から引きつった声が漏れるのもお構いなしに、軽々とそのまま身体ごと持ち上げてしまう。 「うわぁぁぁぁぁ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」 ひたすらに謝り続けるベルトに殺気立った笑顔を向けたまま、空いてる方の手で拳を握りしめる。そのまま第二撃をぶちかまそうとしているようだ。 「ま、待ってください!」 見るに耐えたディーナが制止の声をあげる。 「ん?」 その声に気付いた女性はディーナの方へと目を向け、そして驚いたように目を丸くした。 「あら?お客さんかい?」 言うと同時にベルトを拘束していた手を離す。 ベルトは無造作に地に落とされ、「ぐぇ」と小さな呻きを漏らした。 どうやらこれによってやっとディーナたちの存在に気付いたようだ。先程の怒りの形相を一変させ、まるで別人のような笑顔で向き直る。 「あははは。みっともないとこ見せちまったねぇ。こんなへんぴな森の中にお客さんなんて珍しい」 まるで何事もなかったかのように高らかに笑うと、物珍しそうに二人を見る。 [*前へ][次へ#] [戻る] |