暁の鐘なりて2
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常人ならば体を動かすことも困難、そのような状態に置かれながら行動を為そうとする目の前の少年の姿にディーナは物憂げな視線を送る。
自身が何を言ったところで彼の意志は揺らがない、それを判っているのだ。なんとしても引き留めたいその心を押さえつけて、彼女は唇を噛んだ。
「あいつを壊す、壊さないと……」
譫言のように、ディルはそう呟く。
彼の心はあの少女にとらわれている。自らを省みることもせず、ただひたすらに少女をーーニナを壊すことにとらわれている。
彼が見せる執着は異常なほどだ。自身のことに関心すら持たない彼が、一人の存在を執拗に追い求めている。その異常さに気づくことなく。無意識のうちに。
自身の心に不安が募っていくのをディーナは感じていた。鉛のように重たい感情が、息苦しさを生む。手のひらに力がこもった。
「ねえ、さっきの子って……」
溜まっていく感情の逃げ場を作るように、ディーナが口を開いた。
「あいつが前、トラヴィスで会った女だ」
「やっぱり……」
純真無垢な金髪の少女。得ていた情報と、先ほどの少女の姿が重なった。握りしめた銃が微かに震えた。
「奴は、コアを持っている。俺たちがホドリの任務でみた獣共と同じ、だそうだ」
「コアを持つ人間……!」
「いくら殺しても死にはしない。コアを壊さなければ、あいつはいつまでも甦る。……くそ、さっきだって。もう少しで……」
「……ねえ、ディルはなんでそこまでその子のことを気にするの?」
口を出た言葉に、ディーナははっとする。
募っていた不安。それと比例し大きくなっていたもう一つの感情が零れ落ちた。
「……気にしてねえよ」
ディルの声は低く、苛立っているのが分かった。
これ以上は駄目だ。分かっているのに、ディーナは続けざまに零れ落ちる言葉を止められなかった。
「気にしてるよ。だって、この前から少し様子が変だもの。あなたが他人にそこまで執着するなんて、今までなかったし」
「別に、お前に関係ないだろう」
「関係なくなんかないよ!」
ディーナの口調か少しだけ強いものになる。
ーーああ、なんて情けないのだろう。
今この状況下で、優先すべきは自身の感情ではない。わかっている。それを理解していながらも、ディーナは高ぶる感情を止めることが出来なかった。
ーーこれはきっと、変な夢を見たせいだ。
ーー離れていくなんて、嫌だ。
「なんでそんなに気にするんだよ。俺が何を思おうと勝手だろう。いちいち干渉するな」
「……ごめんね。けど、関係ないなんて言わないで。心配なの。ディルはわたしの、大切な仲間だから……家族だから」
ディーナの指先がディルの指先に触れる。
揺らぐ感情の中に強い意志を秘めた蒼色の瞳が翡翠を覗く。
「変なこと言うようだけど、わたし、ずっと不安だったの。ディルがどこか遠くに行っちゃうような気がして。怖かったの。わたしは、もう家族が居なくなるのは嫌なの……だから、何処にも行かないで」
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