長い夢のエピローグ18
何を迷っていたのだ。不安なんてどうでもいい。疑念なんてどうでもいい。力になれなくても、なにもできなくても、それでも私は此処に居たい。此処でできることを探したい。私の居場所は此処なんだ。離れたく、ない――
どうして見失ってしまっていたのか。あふれるような想いは、衝動となってリサを突き動かす。手を伸ばす、強く、もっと、遠くへ。
レオの指先が、伸ばした指先の空気を揺らした。
わずかの距離。それが届く刹那。リサの指先は霧のように薄れ、男の姿とともに空気へと溶け去ってしまうのであった。
「――くっ」
握りしめた掌には何も残らない。霧となった少女の残り香がわずかに揺れて、それもやがては後を追うように消えてしまった。
残されたレオはすでに誰も居なくなった空間を睨んで、しかしそれに意味などないことを痛感し、目を伏せた。
「レオ……」
ふわり。落ちた帽子を手に抱えたメルベルが躊躇いがちにその顔をのぞき込んだ。
「ごめんな、メル。間に合わなかったよ」
我ながら情けない。いつも通りの笑顔で、しかし隠しきれない落胆を滲ませる主の姿に、メルベルもまた自分の力のなさを悔いる。
「あいつの言うとおりだな。俺は俺のために、リサを縛り付けていたのかもしれない」
受け取った帽子を深くかぶり、レオは再びその表情を闇に隠す。
「そんなことないわ。だってリサは、レオに手を伸ばしていたじゃない」
もうずっと。何年もレオの側に寄り添ってきた。それゆえ、メルベルは知っている。彼の想いも、迷いも、後悔も。その行動が、けして自己満足やエゴにまみれたものではないことも。
「大丈夫よ。レオ。まだ間に合うわ。リサを助けましょう」
「……そうだな」
レオの口元に笑みがうまれる。それが本心からのものであることを、メルベルは静かに望む。
「さーて……やらなくてはいけない問題が山積みだな。どうしたもんかねぇ」
「あの男、レッド・ストウクロウが動いてるってことは、あまりよい予感はしないわね」
「国王殺しの大罪人。第一級手配犯が野放しになってる状況を、早いとこ軍もなんとかしてくれればいいんだけどな。まあ、あいつが普通の人間に捕らえられるはずもない……か」
「今追ってる軍の件と、なにか関係があるのかしら」
「んー……なんともいえないな」
――赤き存在。禍罪。
この世界に忌み嫌われる存在。彼らが動き出している。何のために、何をしようとしているのか。
何一つ定かではない。しかし一つ言えることは、今までとは状況が大きく変わること。今までとは違う何かが始まろうとしていることだった。
どうすることが最善か。
「メル。リサのことは皆には内緒だ」
「どうして?」
レオの発言にメルベルは驚いた顔をする。仲間が居なくなったことを告げるなというのだから、当然の反応である。
「大事な任務の前だ。動揺させるわけにはいかない。今後のことは俺が考える。だからまだ、伝えなくていい」
「……わかったわ」
メルベルは、それきり黙ってしまった主の姿を静かに見つめた。帽子に遮られその表情は相変わらず分からない。握りしめられた右手、そこからしたたり落ちる赤色が大地に染みていく。天使はただ瞳を閉じ、先の希望を願うのであった。
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