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目を覚ました獣たち9

まずはリックフォルクを誰かに預けなければ。
ディルは適当に彼を保護してくれそうな人物を探すとホテルの部屋まで送るように頼んだ。悪運が強いのか、あの騒ぎの中でも彼は傷一つ負っていないようだったので、安静にしておけばなんら問題はなさそうだ。
ホテルの鍵と依頼人を手の空いていそうな警官に引き渡すと、会場の方から大きな爆音が聞こえた。びりびりと大地を震わす振動がその威力の凄まじさを伝える。

一人残ったダズの様子が気がかりだ。
再び会場へと引き返そうとしたその時、より一層強い『気配』がディルを引き付けた。

「!」

――はやく、はやく、来て……

脳内に響く。漠然と抽象的だった『気配』は、今度は明確な意思を伴っているように感じられた。

「これは……」

まるで呼び声だ。誰かを求めるその声は、心臓の奥を揺さぶる共鳴の叫び――
弾かれたようにディルは駆ける。

煩い。煩い。
響く声が間隔を鈍らせる。振り払わなくては、消し去らなくては。衝動が彼を突き動かした。

人々の間を抜けて、瓦礫の山を抜けて、再び会場へと向かったその目に飛び込んできたのは、氷の世界。串刺しになった猛獣たちと、その中心で膝をつくダズの姿。そして……

「ディル……!」

どうして戻ってきた。と言わんばかりに、ダズの表情が強張る。しかしそれをディルが目にすることはなかった。
彼の視線はまっすぐにダズの隣に立つ少女だけを見据える。

「やっと、あえた!」

少女の表情がぱあっと光をともしたかのように華やいだ。そこに滲むのは喜びの感情。

そして、駆け出す。

「!?」

少女のまるで子どものような無邪気な笑顔が、視界を埋め尽くして広がった。彼女の細い腕がディルの身体へとまわされ、抱きしめる。

「な……!離せっ」

突然抱きついてきた少女をわけも分からず振り払う。触れた肌の異様な冷たさが感覚に残る。
なぎ払うその腕が当たるよりも先にディルから離れた少女は、その視界に彼を映したまま未だ満面の笑みを浮かべている。

「ふふふ!嬉しい!やっとあえた、ふれられた!」

躊躇うことなく感情を露わにする少女は、一見しただけでは本当に無邪気な普通の女の子と変わらない。
しかし、警鐘は未だ鳴りやまない。彼の本能が告げるのだ。彼女を放っておいてはならないと。コレは、消し去るべき存在だと。この奥に潜む狂気が激しさを増す前に、破壊しなければならないと。

「お前は……何だ?」

消し去りたい衝動、それとともに確かに感じる、惹かれるような引力。

「この、感覚は……なんなんだ?」

少女は少しだけ考えるような素振りを見せて、首をかしげる。

「面白いこと聞くんだね。ニナはニナだよお?」

少女――ニナは胸元に手を当てて、半月の形に歪めた唇から乾いた笑い声を響かせる。あどけない少女の面持ちが、少しづつ狂気に染まっていく。

「答えろ、お前は何なんだ!」

「そんなことどうでもいいじゃない」

声を上げたディルから放たれる威圧。常人であったなら思わずたじろぐ程のそれを気にも留めずにニナは未だ笑みを張りつけたまま。彼の姿を映し続けるその瞳が大きく見開かれて、その均衡のとれない表情はまるで壊れた人形のような気味の悪さを感じさせる。
にたり、少女の瞳に恍惚の色がともる。

「――ねえ、ニナと遊ぼうよ」


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