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文章
嫉妬とあだ名と微笑みと(十雪)
「ゆっきー」
「みつるん」

俺は両端から聞こえてきた言葉にそれまで動かしていたペンを止める。

「みっつー」
「…おい」

止めなければいつまでも続きそうなので制止の声をかけるが、二人はまだ止める気はないようだ。

「学」
「まなちゃん」
「おい」

さっきよりも語尾を強めてみるがまだまだ「それ」はバリエーションがあるらしかった。

「雪さん」
「ゆきりん」

しびれを切らした俺は拳と丸めたノートで両端の頭を叩いた。

「聞いてんのかコラ!」
「何だよ十文字」

二人のうちの片方、黒木は心底意外そうにそう言った。わざとらしい演技にさらに苛立ちが募る。

「何だよじゃねぇよ!さっきからゆっきーだの、みっつーだの!」
「雪光先輩のあだ名についてだ、分かるだろ」


もう片方のトガは漫画から顔を上げてそう言った。
何なんだこいつらは。
揃いも揃って雪光先輩のあだ名を提案し始めるんだ。新手の暇つぶしなのか。俺に対しての嫌がらせか。
(嫌がらせ八割、暇つぶし二割だろうな)


「分かってるに決まってんだろ!分かってるからだよ!」

俺が声を荒げると、近くにいたクラスメイトが何人か振り向いた。いたたまれなくなってまたペンを動かした。

(くそ、これも二人のせいだ)


「何だよ、雪光先輩に親しみを持とうって思っての事だぜー?」

黒木の言葉に心が少しざわめいた。

(いや、何考えてんだ俺は…)

雪光先輩に親しみを持つのは良いことだ。それを一瞬でも止めろと言いたくなるだなんて。
そんな自分が嫌になった。

確かに、そうだ、あだ名を考えるのは確かに手っ取り早いかもしれない。

(けどよ)


「もっと真面目に考えろよ!トガ!」
「俺は!?」

黒木はてっきり自分もそう言われると思っていたらしく、トガが名指しされたことに素っ頓狂な声を出した。

「いや…お前は大真面目だと思って」

俺の発言にトガは少し笑いながら「十文字正解だ」と言った。

「お前ら馬鹿にすんなー!」

黒木は勢いよく立ち上がり、俺は馬鹿じゃないと繰り返すから、俺もトガも「あー、分かった分かった」と適当な返事をした。
黒木の主張もそこそこに俺は話題を元に戻す。


「とにかく、ゆきりんとかふざけたのは止めろ」
「じゃあどんなのだといいんだよ?」
「雪光先輩とか」
「それ今もじゃねぇか」

黒木の指摘はもっともだ。だが、他に何かいいあだ名があるというのか。
俺は頭をひねって考えるがなかなか良いのが浮かばない。
くだらないあだ名が浮かんでは却下されていった。しばらくののちに、俺は考えだした。


「…学先輩」
「…もっと積極的になれよ十文字」

トガに肩をポンと叩かれ少しムッとしたが、確かにあまり変わり映えしないあだ名かもしれない。


「あー…学…さん?」


俺の精一杯の頑張りを覆すごとく黒木はいとも簡単に「学」と言った。

(黒木お前!)


「呼び捨てにすんな!」

俺がそう言うと2人は一瞬驚いた顔をしてから俺を恥ずかしい物を見るような目で見てきた。

「うわ」
「うわわ」
「何だよ!何だよ!」

2人がその顔のまま二、三歩俺から遠ざかっていくから訳も分からないまま叫んでみる。

「トガ、俺恥ずかしい」
「十文字お前、独占欲全開だな」
「ばっ…ちげぇよ!先輩を呼び捨てにすんなって事だよ!」

(そうだ)

だって年上を呼び捨てにするなんてしてはいけない。それは咎めるべき行為だ。しかしその考えも二人の正論によって打ち砕かれた。


「蛭魔はいいのかよ」
「蛭魔はいいみたいだな」

蛭魔は先輩って感じじゃねぇからだ。雪光先輩はまさに先輩って感じだろ。

そう言えば「昔の十文字からは考えられない発言だな」と言われてしまった。確かにそうだ。
昔は雪光先輩、なんて読んでいなかったし、先輩と後輩という関係を意識したこともなかった。

「十文字なんてさっさとくっついてしまえ」

トガのふざけた言葉に反論しようとした瞬間、後ろから聞き覚えのある声がした。

「あの、十文字くん?」
慌て眉間のシワを消して振り向くが、後ろから聞こえた声に瞬時にシワが復活した。

「あ、ゆきりん」
「みっつーどうした?」

(ほら見ろ!)

雪光先輩も呆気に取られている。俺の予想は見事に当たった。

「…黒木くんにトガくん?それは…」

雪光先輩は少し首を傾げながら聞いた。

「勿論雪光先輩のことっすよー」
「…あだ名ってことかな」

雪光先輩は持っていた大量の教科書を抱え直しながら言った。

「うす」
「まさかゆきりんとは思わなかったよ」

くすくすと小さく笑う雪光先輩に今度は俺が驚く番だった。てっきり馴れ馴れしいのは好かないと思っていたのに。
思いのほかフレンドリーな雪光先輩にまた惹かれる。

「ほら、十文字も」
「は、」

後ろから黒木に押され、少しふらつきながら雪光先輩の前に出た。

雪光先輩は俺が何か言うのを待ってくれているようだ。重たい教科書を持っているのに申し訳ない。

俺も早く勇気を出さなくては。

(何だ、なんて呼べばいい?ゆっきー、雪光、ゆきりん、まなぶん?バカか俺は!)




「ま、…学先輩!」


精一杯考えたが結局出てきたのは一番まともで一番変わり映えしない「学先輩」だった。
それでも俺が頬を染めるには充分で。


「…何かな、十文字くん」
「え、あ…その」


にっこりと素敵に笑う「学先輩」が眩しくて特に要件もないのに名前を呼んでしまったことが悔やまれる。


「告白しろ告白」

トガの後ろからの囁きにさらに顔が熱くなり、いよいよ学先輩が首を傾げそうになったとき、ようやく言葉が浮かんだ。





「教科書お持ちします!」



殆ど引ったくるように学先輩の手から教科書を奪う。その教科書は俺でも少し重たいぐらいで、学先輩は細腕の割に力があることに驚く。


赤くなりながら「どこにですか」、と問う俺に「ありがとう、」と学先輩は微笑んだ。


(駄目だ!学先輩眩しすぎてやられる!)

そう思った俺の心臓はドキドキバクバク、爆発寸前で、無事資料室まで運べたのが奇跡だった。




(…ただいま)
(おっかー、良かったな、十文字)
(おかえり良かったな、十文字)
(おかえり良かったじゃねぇか十文字)
(ひひ蛭魔!?)
(おーおー先輩は呼び捨てにしちゃいけないんじゃなかったのかー?)
(…!)




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ただいま、おかえりと言い合うハァハァ三兄弟おいしい!

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