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俺たちの涙事情(水鮫)
今日、俺たち、巨深ポセイドンは泥門デビルバッツと戦った。
結果は、俺たちの負け。
(最後は小判鮫先輩はドッカシ待っててくださいよ!)
なんて言っていたのに。
悔しくて悔しくて、どこにぶつければいいのか分からない感情は涙として溢れ出た。
試合後、俺たちは一旦学校に戻った。部室に入ったなり、誰の嗚咽がきっかけか、みんなで泣いた。
(俺が、小結に負けなかったら…)
そんな「もし」、という今更な考えが何度も頭を巡った。なんの意味もない繰り返し。
いつのまにか部室の外はすっかり暗くなった。だけど俺はずっとイスに座っている。
今は、部室には俺と小判鮫先輩の2人しかいない。
筧とかはもう帰った。
俺みたいにうじうじしないで、しっかり見切りつけて、ちゃんと次を見ている。なのに、俺だけがまだ今日の試合を引きずって嘆き悲しんでいる。
「…水町」
小判鮫先輩が呟いた。それはそろそろしっかりしろと言うことなんだろうか。
(…いや、違うな)
もう帰ってもいいのに、小判鮫先輩は優しいからこうやって俺と一緒にいてくれる。
「…どうか、したんスか小判鮫先輩」
(畜生、駄目だ)
小判鮫先輩に迷惑をかけてるって分かってるのに。
無駄にデカい図体のくせにこんなところが子供じみているから嫌だ。小判鮫先輩のためには笑って「帰りましょっか」って言うべきなのに。
肩にかけたタオルで顔をおおう。
(あ、ヤベー…また泣きそう)
流しきったと思っていた涙がまた流れそうになる。
「小判鮫先輩、俺、は」
何を言いたいわけでもないが、何かを話さないと終われそうにない。
小判鮫先輩が遠慮がちに俺の隣に腰掛けた。小判鮫先輩の横顔がタオルの隙間から見える。
先輩は泣いていなかった。
(泣かないのは強いからか、悔しくないからか)
「…小判鮫先輩は悔しくな、」
悔しくないんですか、そう聞こうとした俺は、はっとして口をつぐんだ。
(馬鹿だ俺…小判鮫先輩が悔しくない訳ないのに…)
謝ろうと顔を上げるとタオルが落ちたが気にしてなんかいられない。
(…先輩が、一番悔しいのに)
自分はなんてことを言ってしまったんだ。
小判鮫先輩を恐る恐る見ると、先輩は目の前のロッカーを見つめている。そこは小判鮫先輩が三年間使い続けたロッカーだった。
「水町、俺は悔しいよ」
ぽつりと先輩は表情を変えずに言った。
「悔しくないわけないじゃん」
小判鮫先輩はゆっくりと落ちたタオルを拾い、汚れを払って俺の頭にパサリと被せた。
「でもさ、」
タオルで小判鮫先輩の表情は分からない。
「さっきも言ったけど、それより楽しかった」
(あ、そっか)
「今までで一番楽しかったんだよ」
(小判鮫先輩は悔しいけど、悔いはないのか)
きつかったけどな、と小判鮫先輩は少し笑った。
「…小判鮫先輩」
俺は小判鮫先輩を見た。先輩も俺を見ている。
「筧や水町が入ってくれたおかげで、楽しかったよ」
小判鮫先輩は少し気まずそうに視線をまたロッカーに戻した。俺もそれを追って小判鮫先輩のロッカーを見る。
「だから、謝るなよ」
小判鮫先輩はタオル越しに俺の頭をぎゅうっと押さえつけた。視界が暗くなり、頭に小判鮫先輩の手の温もりを感じるだけになる。
「頼むから、」
抵抗しようと小判鮫先輩の手に手を重ねたところで先輩の声が震えてることに気づいた。
「なぁみずまち…!」
頭に乗っている小判鮫先輩の手を握る。やっぱり俺の手より小さい。
「ほんっと、ありがとな…!」
(小判鮫先輩が泣いてる)
そう思ったらさっきよりも複雑な色んな感情が湧いて、どうしようもなかったから、握った手を引っ張って小判鮫先輩を抱きしめた。
「こ、ばんざめ先輩、」
俺までまた涙が流れてきて、小判鮫先輩の涙も俺の服に染み込んだ。
「は、はは、顔ぐちゃぐちゃだな」
小判鮫先輩は俺の胸元から俺の泣き顔を見上げて笑った。
(小判鮫先輩、マジ大好きです)
(うん…ん?)
(しばらくこのままでいいっすか)
(いや、え…うん…?)
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