文章
青春の募金活動(十雪)
「いいことしよっか」
「…え…?」
ある日いきなり、気になっている人にそんなことを言われたら、こんな反応をするしかないと思う。
俺はドーナツをかぶったまま動きを止めた。ドーナツが落ちそうになるのをすんでのところで掴む。
ゆっくり、ゆっくりとドーナツと雪光先輩が言った言葉を飲み下す。
ドーナツはなんとか飲み込めたが、雪光先輩の言葉はまだ理解できない。
(いいことしよっかなんかそんな意味にしかとれねぇじゃねぇか)
それで正解ならいいが、もしハズレで俺の勝手な勘違いとか聞き間違いなら雪光先輩に申し訳ない。
というより自分が恥ずかしい。
(どんだけ欲求不満で煩悩まみれなんだよ…)
俺が一人悶々としている間も雪光先輩はにこにこしながらドーナツをほおばっている。
くそ、可愛いな。
雪光先輩はドーナツを食べ終わると、俺の食べかけのドーナツを見て少し驚いたような顔した。
確かにこの俺より雪光先輩が先に食べ終わるなんて不思議といやぁ不思議かもしれない。
そこで俺もドーナツをぱくぱくと二口で食べ、雪光先輩と同じく皿を空にした。
それを見ていた雪光先輩はカバンから財布を取り出した。
(…また買ってくるのか…?)
「よし、募金してくるね!」
雪光先輩は朗らかな笑顔とともにそう言った。
「え、あ、はい、ああ…?」
思わずぽかんと口を開けたまま訳も分からず相槌をうった。
(雪光先輩は財布を持ちながら募金と言った…)
頭をフル稼動させながら雪光先輩の前後の関係を繋げる。雪光先輩は、いいことしよっかと言って、募金をしようとしている。
(…いいことって募金かよ!)
思わずふざけんなと小さく呟いた。
雪光先輩は聞こえていなかったみたいでいそいそとレジに置かれた募金箱に近づいている。
「あ、俺も行きます!」
自分もカバンをひっつかんで後を追った。
「八十円しかないや…」
雪光先輩は財布の中身を覗き込んでそう言った。しょんぼりしながら小銭を募金箱に入れていく。チャリンチャリンと小気味よい音がなった。
「こういうのは気持ちっスから…」
「…うん、そうだね」
俺の言葉に雪光先輩は納得したのか財布を直した。
(ここは募金していいところを見せてぇ!)
俺も財布を取り出す。
「俺も小銭貯まってたんで、失礼します」
雪光先輩の前から募金箱を奪い、財布に入っていた十円玉やら一円玉を入れていく。
(普段なら絶対しねぇ…つか初めてした)
もし今黒木たちに会ったら大爆笑されそうだ。
チャリン、チャリンと静かな店に小銭の音が響く。
なんだか気恥ずかしくて、適当な所で財布を閉じた。
「すごい量だね」
「結構ありましたね」
実は下校中にコンビニで菓子やら飲み物やらを買ったりするから小銭が貯まっていくだけだったりするんだが。
「十文字くんは太っ腹だなぁ…あ、こういうのは気持ちだったね」
雪光先輩は感心したようにしきりに頷いている。俺はそんな先輩を横目に募金箱をもとの位置に戻した。店員がありがとうございます、と頭を下げる。
(…募金もなかなかいいもんだな)
雪光先輩にならって俺も頭を小さく下げた。
店を出て、先輩と並んで歩く。隣を自転車が通り過ぎようとしたから右側によけた。
(これも雪光先輩とだからだ)
雪光先輩といなかったら自転車のためによけるなんて絶対にしない。
けど雪光先輩は必ず端によけるから俺もよける。
(雪光先輩といると色々と徳のある活動をする気がするな…)
そんな事に考えを巡らせ、雪光先輩と帰っているという緊張を忘れようと努力した。
でも雪光先輩が隣でふふ、と笑ったからそれも叶わない。
…どうかしたんですか、と問うと雪光先輩はまた小さく笑い声を漏らした。
「僕、ずっと勉強しかしてこなかったから」
そうっスね、と相槌を打ってから失礼な返事だったような気がして不安になった。
「こうして部活帰りに誰かとどこかに寄るだなんて前には考えられなかったんだよ」
俺にしてみれば誰かとどこにも寄らないまま帰宅、だなんて考えられない。
「凄いっス、その方が」
はは、と照れたように笑う雪光先輩は、夕焼けのせいでオレンジがかって見えた。
それがとてつもなく綺麗で、そんな雪光先輩はいつも以上に儚さと高貴さをたたえていた。
(…何を考えてんだ俺は)
ちょっと、いや、かなり恥ずかしくなって俯く。
雪光先輩のと違って、俺の靴は汚れていた。
「だからすごい楽しいんだ」
すぐ隣に立つ俺の手を掠めた雪光先輩の手。
「十文字くんとこうしてるのが」
雪光先輩はまた少し微笑んでから、少し歩調を速めた。
「…雪光先輩…?」
(…照れてる、のか?)
いや、多分俺の方が照れてると思う。
だってほら、今だってみるみるうちに体が暑くなっている。
(雪光先輩も恥ずかしながらも言ってくれたんだ)
俺も、たまには勇気というものを見せなければ。
俺は緊張で湿り始めた右手を握り、裏返りそうな声を咳払いで整える。
そして不自然にならない程度に息を深く吸い込み、雪光先輩の方を向いた。
「俺、いつでも暇なんで、呼びたい時は、その…いつでも呼んで下さい」
少し口ごもりながらも話す俺に雪光先輩の表情が和らいだ。気がする。
「…すぐ雪光先輩のとこに飛んでいきますから」
(…告白しちまったみたいな気分だ)
雪光先輩も告白されてしまったようなびっくり顔で静止している。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
俺たちの横を自転車がゆっくりと通り過ぎた。
今回ばかりは俺も雪光先輩も避けることはできなかった。
「ありがとう、十文字くん」
自転車のおこした風邪が、雪光先輩の髪を揺らした。
ついでに俺の顔の火照りも冷ましてくれ。
(これが青春かぁー)
(俺の春は今だ!)
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本当にこの二人は可愛い。ひたすら可愛い。
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