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文章
アイデンティティの再構築中(十雪)
喧嘩は好きだ。

憂さ晴らしに丁度いい。

このへんの不良は大抵俺より弱いし、ストレスはよく溜まる。


ちょっと視線をやれば「不良」たちはそれを合図に俺につっかかってくる。
もうお決まりのパターンと言えばそれまでだが、俺はその瞬間が嫌いではない。


それからは簡単だ。

振り上げられた右手を掴み、今度は俺の右手が振り上がる。

拳に感じる確かな人間の温もりと、衝撃。

拳一発と共に俺の中のモヤモヤは一気に吐き出されるのだ。

そして姿勢を戻したとき、俺は言いようのない清々しい気分で拳を握っている―――







「十文字くん」





―――俺の名前を呼ぶ声に視線を上げると、着替え終わった雪光先輩が立っていた。

そうだった。

最近俺は不良としてのアイデンティティがあやふやな気がして思案中だったのだ。


不良としての俺。
ワルとしての俺。


他の奴らに話せば鼻で笑われるかもしれないが今まで立派に不良ばかりしていた俺にとってはなかなか重要な話だ。


アメフト部に何故か入部して以来、不良としての俺はひっそりと影を潜めている。


俺が雪光先輩を待っていたのは、珍しく雪光先輩が一緒に帰ろうと言ったからだ。

俺は別に急ぐ用もなかったから頷いた。

何より俺を見る先輩の目が不安そうだったから、どうにかしてそれをなくしたかった。



「帰りますか」
「うん」


雪光先輩は待たせてごめんね、と何回目か分からない謝罪の言葉を呟いた。













特に話が盛り上がるわけでもなくポツリポツリと繰り返される質問と答えにそろそろ気まずくなったころだった。



「コンビニに寄ってもいいかな?」



雪光先輩は数メートル先に見えるコンビニを指差した。あたりは薄暗くなり始めている。



「…いいっすよ、別に」



そう言ってから止めときゃよかったと思った。

何故ならコンビニの前にたむろするいかにも不良くさい学生を発見したからだ。


…失敗した。


それが顔に出たのか雪光先輩はまた「ごめんね」と謝るのだ。
別に雪光先輩の責任ではない。




「俺は外で待ってます」
「分かった」



こくりと頷き雪光先輩はコンビニへ入って行った。

それを見送ってからなるべくコンビニ前の不良共と顔を会わせないよう会わせないよう移動する。

自動販売機の横に着き、ほっと息をついた瞬間、ある疑問が浮かんだ。





(俺はどうして不良を避けた?)




喧嘩が好きだと確認した日に不良を避けるなんて矛盾している。

そうだ、昔の俺なら絶対に喧嘩をふっかけていた。

そうじゃなくても避けるなんて真似、しなかった。



「…くそ、」



思わず悪態をついた。


俺は「不良」を怖がるまでに成り下がってしまったのか。
黒木とトガと三人で暴れまわっていたのが懐かしい。


そうやって昔を思い出していると、自分がもたれているのが煙草の自動販売機だということに気がついた。


久しぶりに見た、と思いながら並べられている煙草の銘柄に一通り目を通す。




「煙草、吸いたい?」



その声に右を向くとコンビニから出てきた雪光先輩が立っていた。

少し気まずくなって煙草から目を外す。




「…や、もう止めたんで」



吸わないッス。


言ってから確かにさっきの自分に煙草を買う気がなかったのを思い出す。
煙草を吸ってついてくる特典と言えばまとわりつく煙草の臭いと教師のうざったい視線ぐらいだろうか。



「そっか」



雪光先輩は少し嬉しそうに頷く。

何が嬉しいのだろうか。付き合いの浅い俺には到底分からない。



「煙草、体に悪いもんね」
「そうっすね」



確かに煙草を止めてから体力が長続きするようになったし、まわりの奴らに臭いが嫌だと言われることもなくなった。




「アメフトのせいで色々変わったな」


今までの出来事を振り返りながらポツリと言うと、雪光先輩は目を見開いて俺を見た。

その頬はさっきよりも朱色がかっている。





「僕も、僕もだよ」


俺はちょっとびっくりして雪光先輩を見る。


「僕も、アメフト部に入ってから変わり始めたんだ」


雪光先輩はふわりと目を細め、アメフト部について話しだす。


「僕、勉強ばっかりだったから」「アメフト部に入って色んな経験ができたんだ」「色んな人とも知り合えたし」「得た物は大きいよ」「劇的変化だよ」「嬉しいけどちょっと心配でもあるんだ」「成績とか、親とかね」、と。



それにじっと耳を傾けていた俺は、雪光学という人間をとても近くに感じた。

昔はいいとこの温室育ちで頭脳明晰なハゲ、ぐらいにしか思っていなかった。


けど、こいつも俺もアメフト部に翻弄され、突然の環境の変化、そして自分自身の変化に驚いている。



「あ、ごめんね!僕だけ話してばっかで」


雪光先輩は恥ずかしそうに手を頭にやった。

そんな雪光先輩と俺の共通点は、今までのアイデンティティが拡散しているところ。

勝手ながら俺は仲間意識を持ち始めていた。



「…謝る癖、辞めたほうがいいッスよ」



もう少し、歩み寄ってもいいかもしれない。

とりあえずごめん、よりもありがとう、を聞きたいのは確かだ。







++++++

十→→→←雪みたいなのばかり書いていたのでたまには十→←←←雪なのを書いてみよう、 ということでこうなりました。

まだそんなに仲良くない時代で。

雪光さんはさり気ないアタックが多そうです。奥手に見せかけてふっきれたらがんがんくる感じでま。

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あきゅろす。
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