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鬼バレンタイン(一モン一)
2月14日、夜。

一休先輩からメールが届く。



『やべぇモン太』


ただ一文の、ただそれだけが。


俺に分かったのは、それがバレンタインに関連しているということ。



「やべぇ、か」


それはチョコを貰ってやべぇのか、貰えなくてやべぇのか。一番重要な部分が分からない。


先輩はバレンタインが近くなると騒ぎ始める。

「バレンタインなんかなぁ」「俺はアメフト一筋だからな」「甘いもんあんまり得意じゃねぇんだよな」「モン太は何か予定でもあんのかよ?バレン…14日に」

などなど。

普段はアホだの鈍感だの言われる俺でも、一休先輩が過剰にバレンタインを意識しているのは分かっていた。

…それがちょっと可愛いな、と思ってみたり。

本人に言ったらマジギレされるだろうから絶対言わねぇけどな。



そこで俺は先輩に電話をかけることにした。


プルル、と呼び出し音が数回も鳴らないうちに相手が電話に出た。


「もしもし?」
「あ、モン太か!?」


一休先輩は興奮した様子だ。大きな声に思わず耳から携帯を離す。


「はい、雷門スよ」
「メール見たか!」
「見たからメールしたんすよ」

どうやら今一休先輩のテンションは一年に数回見れるか、というほどに上がっているらしい。


「それでだ」
「バレンタインですか」

そう聞けば向こうで一休先輩は嬉しそうに「そうだ!」と答える。


「俺は今日駅で女の子に」

一休先輩の声が頭に響く。

2月14日に、女の子。
そこから先は聞かずとも推測できた。


「女の子って言っても鬼可愛い女の子だぞ」
「はぁ」
「試合帰りで駅まで着いた時に、女の子が数人集まって、なんか言ってんだよ」


その光景が頭に浮かぶ。数人の女の子が丸くなって頬を赤くして話している。「渡してきなよ!」「恥ずかしいよ〜!」と言う会話まで浮かんできた。


「それがまた可愛いくてさ、一人が俺の前来てさ、ちょっと照れながらチョコを差し出して」


それからもしばらく一休先輩の話は続いた。

途中からなんだかイライラして、「はぁ、へぇ、はぁ」と生返事の繰り返しになっていた。

いつもなら怒るくせに一休先輩はそんなこと、気にもしてないようだったけど。



一休先輩の楽しそうな声は止まらない。





「―――つーわけだ」


俺はハッとして、一休先輩の話に意識を戻す。どうやら始終話終わったようだ。


「あ、はい、良かったッスね」


とりあえず当たり障りのない感想を言う。


「念願のチョコが貰えて」
「ああ、良かった」


それを聞いて俺はホッと息をついた。やっと電話が終わる。


いつもなら一休先輩との電話は一秒でも長く会話していたいのに、不思議なことに今は早く切りたくて切りたくて仕方がなかった。



「で、お前は?」



…どうやらまだ続くらしい。

最初よりは幾分が落ち着いたトーンで一休先輩が尋ねる。


「まもりさんから義理チョコを一つと…鈴音から友チョコを一つ」


鈴音には「友」チョコだからねと念を押され、まもりさんは部員全員に配っていた。
そして一休先輩のように駅で待ち伏せされることもなく、帰宅。



「ばか、ちげーよ」

「え?」



予想外の言葉に思わず聞き返す。携帯の向こうで一休先輩がため息をつく。


「お前俺にチョコ用意してねぇのか?」


まさかのセリフに俺は返答に困る。

今まで散々女の子から貰ったチョコ云々の話をしていたというのに、今度は俺にチョコはないのかと聞く一休先輩。



「…チョコ、欲しかったんですか?」


我ながら失礼な質問だと思ったが一休先輩は「まぁな」とだけ答えた。



「というか俺たち恋人だろ」
「男同士っすけどね」



今日の一休先輩は嫌に積極的だ。改めて恋人同士と言われると色々意識してしまう。


「いいんだよ!最近は友チョコが主流だろ、怪しくともなんともない」
「でも」
「愛し合う者同士なら問題ない」
「あ、いしあう者って…」


こっぱずかしい、と思う。

…いや、本当は嬉しいし、一休先輩がそう言ってくれると安心する。

最近は会う機会がなかった上に、久しぶりに来たメールは一休先輩のバレンタイン近況だったしな。

そんな一休先輩の言葉に俺は心拍数を高めていく。



「違うのかよ」
「間違ってはないですけど…」
「で、チョコ。あるのかなないのか」
「ない、です」



はぁ、と大きなため息が向こうから聞こえた。

どうしよう、チョコ作っとくべきだったのか。



「…仕方ねぇ、今年は俺が渡す側になってやる」
「へ、一休先輩あるんですか!?」
「一応な」


まさかの展開に自然と声がでかくなる。


一休先輩がチョコを、俺にくれるなんて。



「明日渡しにいく」
「ま、マジっすか」
「マジだ。まぁ市販品だけどな」
「それでも嬉しいっす!」


自分でも驚くほどに感じていたイライラが消えていた。今感じるのは一休先輩への愛と言いようのない幸せ。

やべぇ超嬉しい。



「…喜んで貰えてなによりだな」
「ほんと一休先輩大好きっす」
「鬼?」
「鬼」




はは、と照れたように俺が笑うと一休先輩も向こうで笑った。

心がぽかぽかするってこういうことか。


チョコ一つで現金だとは思うけど、嬉しいものは仕方ない。





「一休先輩好きだー…」


通話を切ってから一人、そう呟くと幸せが溶けて染みていった。






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