文章
細川一休の誕生日(一モン)
「誕生日おめでとう細川!」
細川一休の誕生日
「…ああ、ありがと」
俺は今日、何回目か分からないその言葉に、何回目か分からないぐらい答えた。
俺は他の人に比べて誕生日を祝われやすい。
何故か?
答えは簡単だ。
細川一休、1月9日、となんとも覚えやすいから。たまに両親のネーミングセンスを疑うぐらいに覚えやすい。
という訳で俺は朝から沢山の人の祝福を受けながら放課後まで至った。
「いっきゅうちゃーん!」
「おわっ!」
部活に向かう途中、いきなり後ろから覆い被さられた。
「サンゾーさん…」
振り向いてじとりと見れば「ごめんごめん」と離れてくれた。
「あら、誕生日なのに元気ないじゃないの」
「もう誕生日だからってはしゃぐ年でもないですよ」
「でもだからって嫌気がさす年でもないでしょ」
そう言ってサンゾーさんはふふ、と笑った。
こんな感じに会話するならサンゾーさんも普通にいい人だと思う。
イケメンに目がないという事を除けば、だけど。
あのテンションには流石についていけない。そこがサンゾーさんの難点だ。
「まぁ、お誕生日おめでとう、一休ちゃん」
「ありがとうございますサンゾーさん」
クラスメートに言われすぎて聞き慣れたその台詞も、サンゾーさんの口から出たと思うと新鮮に感じるから不思議だ。
「これ、アタシから」
サンゾーさんは笑顔で俺に綺麗に包装された袋を差し出した。
「あ、わざわざありがとうごさいま」
す、と言い終わる前に袋の中身が見えた。見てからしまった、と後悔した。
何故ならそこにはモン太がいたから。
「ななななんすかこれ!」
「何って、泥門のお猿さんの写真よ〜?」
サンゾーさんに写真突き出しながら文句を言う。
どういうセンスをしてたら人の誕生日にモン太の写真を渡そうと思うのか。
「あれ、外した?絶対喜んでくれると思ったんだけど」
そう言いながら肩をすくめるサンゾーさんを見れば騒ぎ立てる元気も失せた。
大人しくその「プレゼント」を受け取ればサンゾーさんは満足げに頷く。
それにしてもよりによって。
「なんでモン太…」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
これがサンゾーさんの生ブロマイドとかなら容赦なくゴミ箱に突っ込むなりなんなり出来たのに、と失礼なことを考えた。
「あなたの想い人でしょ?」
「な、なんで知ってんスか…!」
思わずプレゼントを握る手に力が入り、モン太が一人くしゃりと歪んだ。
「私が人の色恋沙汰に気づかないと思ってるの?」
「…俺、そんなに分かりやすいですかね」
「そりゃあもう!」
カラカラ笑うサンゾーさんは近所のおばちゃんに見えたけど、そう言うと怒られるのが目に見えたから口をつぐんだ。
「で、も、泥門のお猿さんは鈍感みたいだから本人は気づいてないんじゃない?」
「…だといいんすけど」
そう答えながら貰った写真をひとまず鞄に入れた。
何だか麻薬の取り引きでもしたようでいたたまれない。別に俺が盗撮したわけでもないが。
告白する気はないの?、とサンゾーさんは完全に女子高のノリで恋バナをしようとしている。ここ男子校っすよ。
「ないです」
「どうして?相当脈ありみたいだけど」
「脈あり、ってもアイツは意味が違いますから」
「それは…男として意識はされてないーってことかしら?」
俺は勢い良く頷いた。
モン太は毛ほども俺を「恋愛対象」として見ていない。
「どうせ尊敬する先輩程度にしか思ってないんじゃないですか」
「尊敬されてる自信はあるのね」
一休ちゃんらしい、とサンゾーさんは笑ったが、俺にとっては笑い飛ばせない問題だ。
先輩だからこそ俺は行動に出にくい。たまにサンゾーさんが羨ましくなるくらいに。
「告白しにくいんすよ。イメージってあるじゃないですか」
「んー、まぁね」
サンゾーさんは納得したのかしてないのか、曖昧に答えた。
「でも一休ちゃんの告白を断るなんて相当お馬鹿さんがすることよね」
サンゾーさんは俺の隣を歩きながら話す。
…モン太相当馬鹿なんすけど、どうしましょう。
「だって一休ちゃんは男前だもの」
にこりと笑うサンゾーさんは「まぁ雲水くんには負けるけど!」と興奮気味に続けた。
やっぱりサンゾーさんが雲水さんに気があるという噂は本当だったのか。
サンゾーさんの雲水さん自慢を聞いてたまに相槌をうっていたらいつの間にか部室に着いていた。
「じゃ、始めるぞ」という山伏先輩の声を合図に練習が始まり、「終了ー!」という雲水さんの声を合図に練習が終わる。
俺は部室でクタクタになりがら着替えていた。
ついさっき気づいたがいつの間にか俺の鞄はプレゼントでパンパンに膨れ上がっていた。
きっとアメフト部の仕業だろう。
そんな鞄を見て一人のんびり幸せに浸っていると、後ろからにゅっとサンゾーさんが現れた。
心臓が止まるかと思った。
「やっぱり誕生日にはサプライズよね!」
サンゾーさんはいつも以上にニコニコしながら言った。
や、今ので十分サプライズです、とは言えないからとりあえず「そうっすね」と返しておく。
「頑張って頂戴!」
「はい、頑張ります」
結局それだけ言ってサンゾーさんは帰っていった。
「何だったんだ」
部室で一人呟いた。
(あ?)
寮に帰る途中、街灯の下に人がいることに気づいた。
こんな遅くに誰だよ、と近づけばだんだんと見えてきた顔。
「は…」
それは最近俺の脳の大部分を支配する忌々しい男だった。
「あ、一休先輩」
モン太は俺に気づくと、訳が分からなくて突っ立っている俺に走り寄った。
長い間待っていたのか、鼻が赤くなっていた。
「遅いっすよー」
「は、いや、俺別にお前呼んでないんだけど」
俺がなんとかそう答えると、モン太はきょとんとして「サンゾーって人から一休先輩が呼んでるって聞いて来たんですけど…」と言った。
かっしーな…、と頭を傾げるモン太を前に、俺は最後に見たサンゾーさんのにやけ顔を思い出していた。
「…サンゾーさんめ」
何がサプライズだ。
サンゾーさん的には気をまわしたつもりらしいが、俺的には寮に帰るなり顔面にケーキをブン投げられた方が良かった。
だって、こんな状況、告白しなさいよ、と言われてるようなもんだ。
「も、モン太、お前も簡単に来てんなよ」
「だって一休先輩が呼んでるっていうから」
(おま…!)
…だからお前はいちいち!
なんか俺が特別な感じがする言い方は止めろよ!
赤くなる顔を隠す。
これは照れてるとか嬉しいからとかじゃなく寒さのせいだと自分に言い聞かせる。
「てっきり誕生日プレゼントを催促されるのかと」
モン太はそうさり気なく失礼な事を言った。後輩に誕生日プレゼントなんざ催促しねーよ馬鹿モン太。
「どうぞ」
差し出されたのは、サンゾーさんのラッピングに比べたら地味に包装された箱。スポーツタオルのようだ。
「…おう、ありがとな」
そう照れを殺して言った頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。
俺たちを照らすのは街灯だけだ。
ここにいるのは、俺たちだけだ。
「お誕生日おめでとうございます」
モン太は、飛びっきりの笑顔でそう言った。
いや、飛びっきりっつーか、今日一番、みたいな。
とりあえず街灯の光がぼんやり照らす中で見たその笑顔は可愛かった。
「…モン太」
そこで黙れば、モン太は続きを催促するように俺をじっと見た。
ごくりと喉が鳴る。
「好きだ」
真っ暗闇に、少しだけ響いてその音は消えた。
俺はそうとだけ言って動けずにいた。
モン太を抱きしめることも、お前は?、と聞くことも出来ない。ただ、モン太を見るだけ。
モン太は目を見開いて、真っ赤だろう俺を見た。
瞬間、俺を襲った軽い衝撃とほのかな温もり。
「…やっと言ってくれましたね」
耳元で聞こえたその声に、モン太の背中にまわした手に力を込めた。
確かにサプライズだ、と呟いて。
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一休誕生日おめでとうー!
ぐだぐだですいません…!とりあえず間に合って良かったです。
サンゾーさんが大変しゃしゃり出た感じになってしまいましたが、とりあえずサンゾーさんは恋のキューピッドだ、と思って書きました。ただ、自分の恋は成就させられない感じの…^^
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