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文章
俺とあなたの進展記録(十雪)

俺は少し緊張した面持ちで、普段歩きなれない廊下を歩いている。
まったく同じ色、形だというのに、慣れとは恐ろしいもので同じ校舎の中でも階が変われば、受ける印象は自分の学年の廊下と違っていた。

なぜ、俺が二年の階を歩いているかというと、雪光先輩を訪ねるためだ。


「あ、えー…雪光先輩はいらっしゃいますか」

クラスの前にたどり着く。ドアの近くに立っていた二年の女子にそう声をかけた。


「ああ、雪光君?分かった分かったー」

その人は教室の隅でイスに座って本を読んでいる雪光先輩を呼びにいった。
なんと会話しているのかは聞こえなかったが、一声かけられたあと、入り口に目を向けた先輩は俺の姿を発見してひどく驚いたようだった。

(確かに教室を訪ねるのは初めてだったか)

そこまで驚かれるとは思っていなかったので、挨拶程度に小さく会釈した。



「十文字君じゃない、どうかした?」

俺に駆け寄った先輩は、首をかしげながらそういった。

「今日は部活がいきなりなしになったんで」
「あ、連絡しに来てくれたんだ!」

俺が短く用件を告げると、雪光先輩は笑みを浮かべた。
「わざわざ僕のクラスまで…ありがとう」
「いえ、とんでもないっす」


むしろ、ありがたい。こうして雪光先輩と話せているのだから。そもそも、こういうチャンスを手にしたのも、実は蛭魔の協力があってのことだ。



―――数十分前、蛭魔が俺の教室に現れた。珍しいこともあるもんだ、と少し驚いた。わざわざここに来てまで何を言うのかと身構えていたら、「今日は練習なしだぞ糞共」と一言。
メールで済ませばいいんじゃねぇのか、と言いかけたがそこで俺はふと思った。

「…雪光、先輩は知ってんのか」

そう、小さく聞くと、蛭魔は待ってましたといわんばかりに笑みを深めた。


「けけけけけけけ!乙女かお前は!まだ連絡してやってねぇよ」
「…恩にきる」


乙女、という言葉につっかっかっても良かったが、俺の意識は完全に雪光先輩に奪われていた。
そう、蛭魔が「貸し一つげぇええっと!」と囁いても気にならないほどに―――



そんなこんなで、俺はすぐ雪光先輩を訪ねることにした。そして今に至る。
目の前に立つ雪光先輩はきょとんとしていた。

(あ、やべ、突っ立ってた)


慌てて意識を現実に戻し、こほんと咳払いをする。
確かに用件は伝えたが、俺はこのチャンスを無駄にしないと胸に誓ったのだ。かならずや、雪光先輩と親しくなるチャンスに変えて見せると。

俺は気合を入れるためにも大きく息を吸って、話し出した。
(吸ったわりに出たのは小さな声だったが)


「あ、の、ですね」
「ん?」


雪光先輩は俺が話し出したことに安心したようでまたあの笑みを浮かべた。

あの笑みが俺は好きなようで苦手だ。その美しさに見ほれる、が、見てしまえばたちまち緊張してドギマギしてしまう。


「今日の帰り、暇なら一緒に、どっか行きませんか」
「え?あーと…僕、図書館に寄っていくつもりだったんだけど…十文字君がいいなら、だけど一緒に行く?」
「勿論す!すいません、予定があるのに…」


間髪いれずに答えた俺に、雪光先輩は今日一番の笑顔を見せた。


「いいよいいよ!こっちこそつき合わせてごめんね?」
「いや、楽しみっす」


楽しみすぎて、今日の午後の授業は頭に入りそうにない。

(普段から頭に入れてるわけじゃねぇけど!)


にやつく俺はいきなり響いたチャイムにはっとする。

「あ、予鈴…じゃあまた、放課後にね」
「はい、校門あたりで」

手を振る先輩に振り替えしながら俺は廊下を歩いた。どうしても浮き足立ってしまう、この廊下を。




予想通り、図書館ではどんなことを話そうか、どうなるだろうかと考えていたら授業なんてこれっぽっちも聞いていられなかった。ホームルームが終わると同時に鞄を引っつかみ、教室を出た。

校門にたどり着く前に、雪光先輩の後姿を見つけ、駆け寄る。先輩の鞄は俺のよりずっと重く見えた。きっと教科書が詰まっているんだろう。

すっからかんの鞄を見られたくなくて、そっと雪光先輩とは反対側に持ち直した。

(雪光先輩に幻滅されたくない、からな)


図書館に着くと、雪光先輩は迷うことなく一つの棚に向かって歩いた。流石だ。きっとどこにどんな本があるかも知っているんだろう。
雪光先輩が通いなれている図書館だと思うと少し親近感が湧いた。



「えーっと…レポート用に借りたいのがあるんだ」


雪光先輩は棚を上からじっと見ながら独り言のようにつぶやいた。俺も先輩に習って上からタイトルをたどっていく。

「わっかんねぇ…」


タイトルを見ても中に何が書かれているのかさえ分からなかった。とりあえず、難しそうなことだけは理解したが。
ここなんか、シリーズだけで何冊あるんだ。これを読もうとするやつの気がしれない。


「ごめんね、なかなか見つからなく…、十文字君はそういうのが好きなの?」
「えっ…いや、全然、」

いきなりの問いに、とっさに答えてしまった。そう、本音で。

俺の答えに雪光先輩は分かりやすく表情を曇らせた。手にはすでに数冊の本が納まっている。


「そっか…僕は結構好きなんだけど」


俺は思わずこぶしを握った。

(くっそ…好きですっていやぁ良かった…!)


後悔先にたたずとはまさにこのことだ。俺はどうにかして雪光先輩に気を取り直してもらおうと、シリーズの一冊を手に取った。


「いや、でも興味深いとは思います、マジで」
「そうなの?じゃあ読んでみたらどうかなー、なんて…」


はは、冗談だよ、と笑う雪光先輩と重なって俺は「あ、はい、そうします」と答えた。

シリーズを全てごっそりと棚から抜きとり、腕に抱える。結構な重さだ。

「…そんなにも借りるの?」
「っす」


いきなり大きな隙間ができた棚を眺めてから、俺はずかずかと貸し出しカウンターへと歩いた。





それから数週間、休み時間、家に帰ってからひたすら本を読んだ。

もちろん、あのシリーズものだ。本を読むのが苦手なわけではなかったから、そう時間はかからなかった。内容が理解できなかった最初は読むのが苦だったが、内容が分かってからは楽しんで読めた。

…なにより、読んだことを雪光先輩に報告したときのことを考えると、ページは進んだ。



「雪光先輩!」
「十文字君」


登校中、目当ての人を発見し、声をかける。振り返った雪光先輩に一冊本をずい、と差し出した。


「これ、面白かったっす」
「本当?僕もあのシリーズでは一番お気に入りなんだよ」


俺はその言葉に思わずガッツポーズ。

(っしゃ!外してなかった!)


どうやら俺の予想は当たっていたようだ。一夜かけて悩んだかいがあった。
どれが雪光先輩好みか、どこが良かったかどう伝えるか、などに頭をひねった。


「他になにかありますか?」
「そうだなぁ…」


しばらく考える先輩を見ながら鞄に本をしまう。
雪光先輩はぽん、と手を叩いて俺を見た。



「そんなに気に入ったなら、今度僕のうちにきなよ」



「あの著者のはいっぱい揃ってるし…」という雪光先輩の声も、顔も、頭には入ってこなかった。

ひたすら、雪光先輩のお母様に挨拶をするシーンが脳内でリピートされる。


(やべぇ…これは思ってもいないチャンスだ)


服は何を着ていこうか。やはり真面目な感じのほうがいいのだろうか。
シャツはズボンにいれないとだらしない印象に違いない。

髪の毛が金ではお母様に嫌なイメージを与えてしまうだろうか。


(…それは避けてぇ)



「雪光先輩、俺、ちょっと黒染めしてきます」





(えええええ!?いきなりどうしたの!?)
(いや、お母様にお会いするんで)
(だからってそこまでしなくてもいいよ!)








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