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文章
甘い涙(十雪)

寒い冬は過ぎ、そろそろ春の兆しが現れ始めた時期。僕たち三年生はこの高校を去る。

(ついに卒業かぁ…)

卒業証書を受け取った僕たちは、アメフト部の部室に足を運んだ。
厳粛に進んだ卒業式とは打って変わって、部室に一足踏み込めば賑やかな雰囲気が流れている。

(この雰囲気ともお別れか)

そう思うとこの時間がとても惜しまれる。
鳴り響くクラッカーの音と『ご卒業おめでとうございまーす!』という後輩達の声。

(後輩、だなんて)

我ながらくすぐったい響きだ。やっぱり二年生の時のあの出来事が僕の全てを変えたと思う。

僕の前にいた蛭魔君は楽しそうに笑いながら部室の中を眺めた。

「ケケケうるせぇ」

そう言ってクラッカーを鳴らしまくる蛭魔君を見るのもこれが最後になるかもしれない。

ふと机に視線をやると、そこには山積みにされたシュークリームにケーキにクッキー。
隣にいた栗田君が目を輝かせたのが分かる。

「わわ!シュークリームにケーキだ!」

涎が、と言うと「ごめんごめん」と栗田君は涎を拭った。

「食べてもいいの?」

姉崎さんもあまり表に出してはいないようだが早く食べたくて仕方がないようだった。

「勿論だよ!」

瀬那君の言葉を合図に2人は勢いよく食べはじめた。本当においしそうに食べるものだから、僕もシュークリームを一つ貰って食べた。

(うん、青春の味だ)

ただおいしいと思っても良かったのだが、この雰囲気の中では青春の味と形容出来そうだったのだ。隣を見れば2人ともほとんど完食しかけだった。

(恐るべしシュークリーム愛…)

ふふ、と笑いが漏れた。

僕も部室をちょろちょろしてみる。ほんとうにすぐ引退だったから少しの間しかお世話にならなかったけれど、僕にしてみれば高校生活の思い出が沢山詰まった大切な場所だ。

(よく蛭魔君がマシンガン乱射してたな…)

天井についた弾痕を見てそう思う。
そういえば、溝六先生に初めて試合に出ろと言われたのもこの部屋だった。

(あの時は嬉しかったなぁ…)


ほんとうに、思い出が詰まってる。
そう、十文字君に好きだと言われたのもこの部屋だったし、十文字君に初めて抱きしめられたのもこの部屋の中でだった。

「…雪光先輩?」
「え、あ、うん?」


昔を懐かしんでいた頭が現実に引き戻された。この部室と共に沢山の思い出を作った人物、十文字君の声によって。


「大丈夫っすか?なんかぼんやりしてるみたいですけど…」
「大丈夫、ただ、ちょっと」


ただちょっと。

(しみじみとしたくて)

この幸せな余韻を味わっていたい。安心感と達成感。

(それに高校生活とさよならの、この感じ)

僕は部屋の端に立つ彼の隣に移動した。


「これで僕も卒業かぁ…」

改めて口に出して確認してみる。するといきなり目頭がつんとした。

「寂しい、すね」
「はは、泣かないでよ」

十文字君の眉は八の字になっていて、その暖かい大きな手は僕の手を強く握っている。

「泣いて、ないです」

少し強がってみせる十文字君がとても愛おしい。まさかこんな感情を十文字君に抱くようになるとは思いもしなかった。


「僕も…泣いてなんかないよ」

ちょっと、手に感じる十文字君の温もりが、涙腺を緩めただけ。
涙が流れているような気もするけれど、ただ、ちょっと寂しくなっただけだ。


「…っ」


十文字君の顔が悲痛に歪んだ、ように見えた。



「…え」
「あ」

(何、が起きた)

僕は目尻に温もりを感じたときに、初めて涙を舐められたと気づいた。


「すいません!自然と無意識に…すいません!」
十文字君は慌て僕から離れて、シャツの袖口で僕の目尻をゴシゴシ拭った。…ちょっと痛い。


驚きのためか、完全に涙が引っ込んだ僕はふと、ある雑学を思い出した。

「十文字君の涙は塩辛いかな?」


僕のいきなりの問いに十文字君は驚いたようだったが、すぐ微笑みを浮かべた。

「雪光先輩の涙は薄味でしたよ」
「ふふ、ほんと?」
「はい、確かに」


確かに涙を舐めたのだから本当なんだろう。

(まさか薄味だとは)

少し、予想外。
少し、嬉しい。


「そっか…じゃあ思ってるより僕はしみじみ出来てるわけだ」
「…?」


分からないと首をひねる十文字君に僕は笑いかけながらその雑学教えた。

「涙の味はね、悔し涙ほど塩辛くて、感動の涙は薄味なんだよ」


だから、僕の涙は感動の涙。寂しいけれど、後悔はない。これもきっとアメフト部に入部したおかけだ。


「…流石、医大生」
「まだ入学してないよ」

それと、十文字君に出会ったおかげ。


「もう、入学しちまうんですね」
「うん」


恥ずかしくてとても本人には言えないけれど。
最後のお別れのように涙を流す十文字君が少しばかり可愛らしい。
微妙に悪戯心がくすぐられた。

(少しだけぺろ、と)



「…薄味だ」
「…感動してますね」


そんな彼の涙をお返しとばかりに舐めて、大袈裟に笑いかけた。

ああ、そうだね。
これは感動的な大恋愛だよ、と。





(薄味なのはなんでだろう)
(卒業したって会えると思ってますから)
(さぁ、どうだろう)
(…塩辛い涙になりそうです)
(冗談だよ)







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とりあえず一回は書いておきたかった卒業ネタ。満足です。

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