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文章
馬鹿な俺と強い貴方(十雪)

「んだとコラァ!」


俺の怒声が試合会場に響いた。俺の右手は目の前の男の胸倉を掴み、左手は振り上げられている。
ああ。

(この男を殴ろう)


そうでもしないとこの怒りは収まりそうになかった。
男のさっきまでのヘラヘラした笑いは消え、今ではその顔に恐怖が映っている。

(いい気味だ)


殴ってやる、と拳に力を込めると後ろから腕を掴まれた。



「十文字くん!」


雪光先輩だった。

(…雪光先輩はムカつかないのか?聖人かこの人は)

いや、雪光先輩なら聖人だって有り得ない話じゃない。
そんな雪光先輩に止められてしまったらどうしようもないじゃないか。

仕方なく腕を下ろすと、その男はまたニヤニヤと下品な笑いを浮かべた。
そしてあろうことか、雪光先輩に対してこう言った。


「やっぱ見た目通り気が弱ぇみたいだな!」

(コイツ!)


雪光先輩の制止の手さえ振り払い、もう一度胸倉を掴む。


「今なんつった!もっかい言ってみろよ!」


俺は完全に頭に血が上っていて、周りの声なんて聞いていない。蛭魔の「止めとけ」という言葉さえ耳に入らない。


「僕は気にしてないから!大丈夫だから十文字くん!」
「でも…!」


雪光先輩は俺にしがみついて言った。必死で俺のシャツを引っ張っている。

(…畜生)

男の目の前までで振り下ろされた俺の拳は、男の顔に触れることはなかった。


「大丈夫、大丈夫、だから」


雪光先輩は何度も何度もそう繰り返した。体に込められた力が抜けていく。

「…ちっ」

俺は小さく舌打ちをしてから胸倉を掴む手を離した。



―――そもそも全ての元凶は試合相手のあいつらの言葉のせいだ。

今日は弱小チームとの試合、そう聞いていた。
確かにアメフトは弱小だったが無駄口をたたくのは弱小ではなかったようだ。


「おいおい笑わせんなよー!」

試合開始前に聞こえた言葉にスパイクを履く手を止める。

「ぶふ!何だあのハゲ!」

さらに顔を上げて相手チームを見る。

「弱そーっすね!」
「いかにもがり勉じゃねぇか!」


無駄口をたたくそいつらの視線を辿ると、そこにはベンチに座る雪光先輩。
あたりに不穏な空気が漂った。


「気にすることないっすよ!」

モン太が雪光先輩の背中を励ますように叩きながら言う。
でもその目は相手チームをギラギラと睨んでいた。


「うん、そうだね」


雪光先輩は力なく笑った。

(…ぜったい勝つ)

俺もモン太と同じくそんな無駄口をたたけなくなるまでこてんぱに負かしてやろうと意気込んだ。
本当なら奴らの鼻をへし折ってやりたいぐらいだ。

俺たちが苛つきを露わにしたにもかかわらず、相手チームはお喋りを止めない。
後ろで銃のガシャコンガシャコンという音が聞こえた。
蛭魔なりの「そろそろ口閉じやがれ」という奴らに対する警告なのだろうか。

だが、次の奴らの言葉に、俺の諸々のストッパーは見事に消えた。



「ほんと、何で試合出れんだろうなー?」
「人数足りないからじゃないっすかぁ?」



ベンチから立ち上がり、そう言った男に向かって歩く。


「お前ら…ざけんじゃねえぞ!」



――と、冒頭に至るわけだ。
勿論試合は60対0で俺たちの勝ち。いつもより団結した感じがするのは気のせいではないだろう。
試合終了後、俺は雪光先輩と並んで帰っている。今日の事を謝りたかったからだ。


「ほんっとにすいませんでした!」


勢いよく頭を下げると、雪光先輩は一瞬きょとんとしてから「いや、いいよ」と言った。

あの後気づいたのだ。
俺があんな事をしなくても雪光先輩には「何でももない」ということに。

(俺が思うより雪光先輩はきっとずっと強い)


俺がした事はただのお節介に過ぎなかった。
というのも雪光先輩は自らの力であいつらを見返したからだ。
雪光先輩はこの試合で二回タッチダウンを決めた。

(逆に迷惑をかけちまった)

試合が終わって冷静になった今、じわじわと恥ずかしくなってくる。
そんな俺に「嬉しかったしね」と雪光先輩はこれ以上ない慰めの言葉をかけてくれた。

やっぱり雪光先輩は先輩らしい、と改めて確認する。雪光先輩といると嫌でも自分がガキだと知らされる。


「…あいつら、雪光先輩の努力がなかったみたいな言い方するから悔しかったんです」


ぽつりと心中をさらしてみる。言い訳したかったのかもしれない。

雪光先輩の前では格好をつけたくなるのだ、不思議な事に。


「手を出すのは駄目だよ」
「…口より先に手が出ちまうもんで」


そううなだれながら言うと俺に雪光先輩は「直さないとね」と一言。


「十文字くんは男らしいなぁ…」

しみじみ呟く雪光先輩に「そんなことないっすよ」と照れながら返す。
そんな俺を見てまたクスリと雪光先輩は笑った。

「僕なんかひょろひょろだから…馬鹿にもされるし」


そんな悲観的な、と内心思った。だって雪光先輩は他に沢山の魅力があるから。
(そして俺は見事に魅了されている)


「でも、馬鹿にされた分試合で見返してやろうって思うから」


雪光先輩のしっかりとした大人の意見に思わず頷く。
(やっぱり素敵だ)


「…やっぱ雪光先輩の方が男前ですよ」


はは、そう?なんておどけて笑う雪光先輩に、無性にキスがしたくなった。




(雪光先輩、)
(ん?)
(キ、あの、何でも…キ、ないです)
((俺の意気地なし…!))







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目指したものは「男前雪光」。
雪光先輩を馬鹿にするやつはこの十文字が許さねぇからな!的な…
でも雪光先輩は強い子だから俺なんていらないんじゃないのかとか悩んで落ち込んだりする。



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