文章
知りたい(モン一)
今日は、特に暑い日だ。
夏休みも中盤に入り、宿題の進み具合にも個人差が出てきたあたり。
そんな中、俺は自分の部屋で一休先輩と机を挟みながら向かい合って座っている。
(…あちぃ)
日本特有のじめじめとしたまとわりつくような暑さが勉強のやる気を削ぐ。
「無理、鬼無理」
「…何で教えてもらってる俺より先に挫折してんスか」
そんな猛暑に先に弱音を吐いたのは他でもない、一休先輩だった。机にうなだれて俺の教科書をパラパラとめくっている。
さっき持ってきた冷え冷えのカルピスは早くも飲み干されてしまった。冷たかったグラスも生暖かくなっている。本当に今日は暑い。何もしていなくても汗が流れてくる。
「暑いんだよ…」
分かりきったことを呟く一休先輩はぼんやりとノートに書かれた途中の数式を眺めている。するとおもむろに「クーラー…」と呟いた。そんな一休先輩を横目に俺は溜め息混じりに言う。
「今節電中なんスよ」
「そんなんじゃクーラーの意味ねぇだろー…」
今にも暴れだしそうな一休先輩は、相当暑さにやられているんだろう。暑さに強そうなのは見た目だけなのか。
(俺の勝手なイメージだけどよ)
「ちょっと…集中して下さいよ」
「…な、教えてもらってるくせ「だって先輩じゃないすか、勉強とか言い出したの」…」
そうだ。そうなのだ。
夏休みに入り案の定アメフトと遊びに全力投球した俺は、すっかり宿題や課題のことを失念していた。それが何でどうなってそういう流れになったのは忘れたが、一休先輩が有り難くも教えて手伝ってくれるということになったのだった。正直な所、一休先輩は勉強が得意だとは思っていなかったから、その申し出は意外だった。
(またもや勝手なイメージ…ああ、俺、あんまり一休先輩のこと知らねぇんだ)
「モン太…お前、性格悪いな」
「…すいませんッス、先輩」
「何だそのあしらい方、鬼苛つく」
きっとその苛つきは俺のせいではなく暑さのせいだと思う。けどさらに一休先輩を煽りそうだから言わないでおこう。
俺はゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。
(アイスがあれば涼しくなるだろ…)
後ろで一休先輩が何やら騒いでいるが気にしないでおこう。
「あー…あったあった」
冷蔵庫に手を突っ込んでアイスを二個取り出す。ひんやりとした冷気があたりに漂った。ついでに新しくカルピスも作って氷を嫌がらせとばかりにいれる。きっと水っぽくなるとか文句を言うのだろう。
部屋に戻ると一休先輩は机に突っ伏していた。
俺はちょっとした悪戯心で一休先輩の背後に忍び寄り、首筋にアイスをぴとりとくっつけた。
「おわっ」
慌て振り向いた一休先輩は俺の顔を見て何かを言いそうになったがそれを遮るようにカルピスを差し出す。
「アイスあげますから気合い入れてくださいよ」
アイスも押しつけるように渡せば、一休先輩は一瞬驚いたようにアイスを見た。それからふわりと笑った。
(あ、見たことねぇ顔だ)
「よっし、よくやったモン太」
嬉しそうに俺の頭をガシガシと撫でる先輩の手は、コップについた水滴で濡れている。俺はその手をよけて一休先輩の向かいに座った。
「鬼うっめー!」
アイス一つで一休先輩のテンションが上がるなら安いもんだと思いながら自分もカルピスを飲む。一休先輩は早くもアイスを平らげそうだ。そもそも一休先輩は半袖に長ズボンと暑苦しい格好をしている。半ズボンを履けばいいのに。
(…案外日焼けしたくないとか、いやないだろ)
「…なんだよ」
「いや、…なんでもないっす」
アイスを食べ終わったらしい先輩は俺の顔を訝しげに見ていた。しばし沈黙する。
「一休先輩、勉強教えてください」
(もっと一休先輩の事知りてぇ…んで、色々一緒にしてぇ)
「…よし、早速この応用いくぞ」
一休先輩は嬉しそうに参考書を開いた。
(いきなり応用ッスか…?)
(さっきまで基礎だったろ)
(いや、応用はまだ無理っスよ)
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