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20110810





この空間に来るのは二度目になる。
一度目は、肌寒い季節だった。
少しずつ下がってゆく気温。短くなってゆく陽の時間。
反して、鮮やかな色彩に染まってゆく葉の群。
それらを引っくるめ、空の青すら遠ざかってゆく。
そんな。
冬の入り口の、時期の事だった。

空間は無駄に広い。
たった一人の為に誂えられたにしては、広すぎる程に。
ぐるりと視線を巡らせる。
重厚感溢れる机と、調和するような黒革の椅子。何が入っているのかよくわからない本棚。適宜置かれる植物。仕事部屋にあるまじき、数種の酒瓶が並ぶ棚。木目調で、それとわからぬように作られている冷蔵庫。
一目で金をふんだんに使ったことのわかる、造りと広さに贅沢な調度品の数々。その役目は、潤沢な資産保有を示す為のものだ。
はったりを利かす為に必要な事は理解出来る、が。

落ち着き難い空間だと。
そう、思っていた。
故に此処には、足を向けなかったのだ。
あの冬のはじまりの日、までは。

ぐるりと見回した視線を、ピタリと止める。
広すぎるばかりの、部屋の一点。
人一人どころか、二人であっても楽に身を沈められそうな、ソファへと。
この部屋にあるものは、金をかけることを厭わずに作られたものばかりだ。
当然、このソファもそうした代物で、見た目からも易々とそれはわかる。
贅沢な調度品の数々は、その実どれも、然程主人の趣味ではない。選んだのも彼ではないが、このソファだけは別だ。
これだけは、彼の選んだ品である。
暫しそのままソファを眺め、徐にその前まで歩を進め、見下ろした。
不意に、背後の扉が大きな音立て、開かれる。
ソファを見下ろす口元に、自然と笑みが浮かんだ。

「…………どういて、此処におる」

珍しく息の上がった口調に、更に笑みが深まった。
ゆっくりと流れてきた空気が項を撫でて、開かれた時とは比較にならぬ静けさで扉が閉まるのが、感じられる。
毛足の長い絨毯は足音を殺すが、部屋の主人が隠そうとしない苛立ちは、しっかり伝えてくる。
それでも振り返らずにいると、背後から伸ばされた指先に顎と頬を誘われ、漸く侵入者たる高杉は部屋の主人たる坂本と、顔を合わせる運びとなった。

「…………今日も遅いじゃねえか?」
「言いよるの」

顎を掴まれたまま笑う高杉へ、坂本も歯を見せるように笑った。
感情の乱れを示すように、坂本の呼吸が微かに上がっている。
嗚呼それは、あの扉の開け方でも示されていたか。

眉を寄せ、片手を伸ばす。
手の平で包むように、頬に触れてやるとその感情が、僅かに凪いだようだ。

「……たまらんなあ」

肩を落とし、息を吐きながら高杉の顎から指を落とした坂本に、そのまま腕を掴まれる。
何を、とそちらを見下ろした隙に、肩に額が落ちてきた。
やわらかな髪がこそばゆく、触れる熱と息に眼を、見張る。

「あー………………」

坂本の肩から力が抜ける。
体重をかけられている訳ではない。
しっかり高杉でバランスを取って、揺らぐことなく、身体から力が抜けてゆく。
仕方がないので杖らしく、黙ってその様を半眼で眺めること、暫し。

「…………また、此処におんしを来させてしもうたの」

顔を伏せたまま、ぽつりと落とされたのは、高杉への言葉であり同時に、宛先のない独白でもある。
嗚呼、と。半眼を更に細め、視界を転じた。
あの苛立ちは、自分自身へのものか。

「場所は、関係ねえだろ?」

坂本への返答であり宛先のない独白でもある言葉を、広すぎる空間に解いた。
潤沢な資産保有を示す、造りと広さに贅沢な調度品。
高杉には扱いようのない代物が、武器ともなる坂本の在る世界。

「……やき、」

ふわふわと坂本の髪がくすぐってきたので、眼を戻す。
と、黒髪越しに視線がぶつかった。

「………………此処は、ちいくと恥ずかしいぜよ」

囁くような音の連なりに、細めた隻眼がまるくなる。
黒髪越しの眼差しの、含む感情がその言葉を真摯に肯定し、高杉を映している。
その様に、笑った。

「……何を言い出すかと思えば」
「真剣な悩みやき。こんな如何にも『成金!』みたいな部屋、そうは見られとうないが……」

言うとふわふわと髪を揺らし、眼差しが潜ってしまう。
成金も何も、と。
嘆息して、ふと傍らのソファを見下ろした。

「成金も何も、元々てめえはボンボンじゃねえか」
「快援隊には実家の援助はないぜよ……」

顔を伏せたまま喋られると、くすぐったくてたまらない。
空いた手を、坂本の肩を叩くように置いて呼びかける。
ふわふわと、僅かに顔が上げられた隙にそのままソファへと押し倒した。
ぼふん、と大きく音を響かせソファに埋もれた坂本が、ぱちくりと瞬く様を見届けてからその徐に、高杉も沈み込む。
無論、坂本の隣に。
初めて此処を訪れた、あの冬のはじまりの日の、ように。

「此処の使い方も意図も判ってるんだ。むしろ胸ぐらい張れよ」
「そうは言うても……あの椅子とか、ペルシャ猫膝に乗せてパイプ燻らせるために作られたみたいやろ。恥ずかしい……」
「面倒臭えなあ」

両手で顔を覆ってしまった坂本の隣で、深く身体を沈み込ませて天井を仰ぐ。
あの日も、寝ている坂本の隣でこうして、天井を眺めていた。

「坂本、」

軽く足を組んで、天井見上げたまま傍らへ呼びかけ、ぷらりと爪先を揺らす。
顔を覆っていた坂本が、その動きを察したのか手を、眼を覗かせた。

「そんなこと、してる場合か?」

ぷらり。
揺れる爪先に、誘われるように両の手がゆるゆると下りてゆく。
漸く、真正面から顔を合わせた。
坂本は納得仕切っていないようだが、高杉は構わずに背中を深く預けたまま、笑みを浮かべてやる。
やがて嘆息一つ、落とした坂本が身体ごと高杉へ向き直った。

「……おんしがええなら、とやかくは言えんの」

特に今日ばかりは。
と、続ける坂本は、眉を寄せてみせつつも漸く、笑った。
指先が伸ばされて、くしゃりと高杉の髪を乱す。

「ちゃんと、色々用意してたんに」
「そいつは悪かったな」
「本気で思うとるか?」

落ち着き難い空間だと。
そう、思っていた。
故に此処には、足を向けなかったのだ。
あの冬のはじまりの日、までは。
けれど、自分はあの日此処で。

「仕方ねえ。社長のツラを余所でださねえてめえが悪い」
「そ、」

髪に触れていた手が止まる。
ぷらりと、爪先を揺らして浮かべる笑みを深めてみせる高杉へ。
眼をまるくしていた坂本は、止めた手をその頬に触れさせて、苦笑を返す。

「…………光栄、じゃな」

そして静かに、顔を寄せた。
誰が聞くでもないけれど、今日この日の為の言葉を届ける為に。

「お帰り、高杉」

冬のはじまりの日に、坂本が高杉の元へ帰る。
そしてこの夏の一日は、高杉が坂本の元へ帰る。

「……ただいま、」

他愛のないこんなやり取りが、存外心地好い。
いつまでも、続けてしまうのだろうと、想える程に。
















そしてまた、君のもとへ

















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