[通常モード] [URL送信]
20110121







迷いなく筆が進む。
冬晴れの冷気が満ちている中、雪見障子を上げ陽射を引き込む室内で、真っさらな半紙の上を黒々とした、墨が走る。
衣擦れに近い音と共に、武市が大振りな筆を器用に操りきり、筆を上げた。
常と変わらぬのっぺりした双眸だが、多少は息を詰めていたらしい。
筆を置き、落とした嘆息にそれが表れる。
高杉は見るともなしに、その様を眺めていた。
流石と言うべきか。
大した字を書いている、が。

「……まあ、お前らしいっちゃあらしいが」

未だ墨の乾かぬ文字の連なりの意味するものに、今度は高杉が嘆息落とす番だった。
襷を解きながら、武市が瞼を伏せつつ頷く。

「今夜は初夢です。枕の下に夢に見たいものを敷けば、見れるそうですから」

故にそれを書き初め兼ねて、表しました。
などと、表情よりも抑揚のない声音が結ぶ。
長い付き合いの高杉には、そんな口調であっても武市の高揚は伝わってしまう。今一度、文字の連なりを眺めてみる。
到底読み上げる気にはならないが、武市が満足しているのなら何も言えはしまい。
むしろ夢で済むなら、良しとすべきか。
とは言え書き初めと言うのなら、元旦の今日では不味くはないかと眼をやると、彼は半ば予想していたようだ。

「初夢は今夜か明日の夜と言います。どちらでもいいですが、早い方がいいと思いまして」
「……そうか」

きちんと襷を畳み、膝に手を置いて応える。
それと知る者にしか、笑みとは読み取れぬであろう顔をした武市を見下ろした後、天井を仰いだ。

「…………字で、いいのか?」

枕の下に引く、という話は高杉も聞いた事があるが、それは絵ではなかったか。
表情動かさぬまま、それでも武市の眼がきらりと光った。

「私は絵は描けません。代わりに願いを込めて墨を摩りました」

のっぺりした顔なのに、自信に満ちている。
ならば、本当に何も言うまい。
ごそごそと煙管入れを取り出し、背を向けかけて足を止める。

「……いい夢見ろや」
「ありがとうございます」

深々と頭を下げていく武市が、急に弾かれたように顔を上げる。
異様な風貌を見慣れはしていても、突然そんな動きをされれば驚かずにはいられない。
思わず息を飲んだ。

「使われますか」
「………………あ?」

武市は動かない。
座する武市と、立ち尽くす高杉の高低差があるにも関わらず、武市は異様な威圧感を放ち、圧倒してくる。

「私が真心込めて、誠心誠意摩った墨がまだ残ってます。一摩り一摩り、執ね……真心希望を込めました。保障致します」

まだその書き初めを枕の下に引き、夢を見た訳でもないのに保障すると言い切り、胸を張る。
言いかけた言葉も非常に気になるが、それ以上に『真心』だの『誠心誠意』だのといった言葉を込めた墨で、

「………………こんなもん、書いたのか」

呻くように、武市の書き初めを煙管で示す。
大層な字体、勢いある筆が示す文字等は中味さえ気にしなければ、結構な書と言えるだろう。
そして硯には、確かに件の墨が残っている。

「保障致します」

再び迷いなく、きっぱりと。
ある種託宣の如く、凛と。
あまりにも明瞭に発された言葉は、それを前に戸惑う方が誤っているかの力を持って響いた。
迷うまでもない。迷う事などない。
それなのに。
高杉が噛み締めた奥歯が、ギリリと鈍い音を立てた。























「……で、なんちゅう書いてあったぜよ」

両手で湯呑みを包みながら、両の眉を下げる坂本から高杉は顔を逸らし、煙管を煙草盆へ打ち付けた。
小気味良く響いた音とは裏腹に、その眉は寄っている。

「………………察しろよ」
「武市殿じゃからのー……」

呻く高杉に、坂本は更に眉を下げて笑った。
明けて二日。
晦日の夜を共に過ごしはしたが、元旦は坂本に仕事が入った。元旦くらい家でゆっくり、は広い宇宙では通用しない。
とは言え取引先との新年会だ。
さっと顔をだして引き上げてきた坂本は、当然のように鬼兵隊に帰ってきた。

「で、見れたんか」
「……みてえだな」

執念というか何というか。望みの夢が見れたらしい。
お陰で今日の武市は、酷くご満悦である。
苦いものを飲んだように眉寄せたまま、高杉が煙管を持ち上げぷかりと煙を吐いたところを、坂本が覗き込んできた。

「おんしは、どうじゃった」

高杉の動きが止まる。
坂本はにっこり笑ったまま、そんな高杉を覗き込む。
暫し、互いを映し合う。
吐き出した甘い煙は立ち消えて、坂本の湯呑みが僅かに熱を失ってから漸く、高杉は瞬いてから笑みを浮かべた。

「……あんな墨を借りねえと、俺が夢見れないと思うのか?」

今度は坂本が、ぱちりと瞬く。
再び暫し互いを映してから、今度は少々、趣を違えた笑みが浮かぶ。

「……そうじゃな。察すると、しよう」

にやりと笑いあった後、坂本は湯呑みを静かに、置いた。








夢見心地か、夢最中か
























































第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!