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20100810−2



こいのことのは





どおん、と波濤から噴き上がるよう、白い飛沫と共に水柱が上がる。
間を置かず、立て続けに空を刺す水柱が海を揺らし風を揺らし、常より強く潮を撒き散らす。
強い潮の香に髪も裾も遊ばせながら、高杉は吸い口から唇を離した。
どおん。
今度はこちらのすぐ近く。
花吹雪のように散った飛沫が、高杉を掠めて舞い上がる。
波間に返るか、甲板を濡らすだけに止まるか。
眼で追う事の出来ぬそれが収まる前に、また水柱が高く上がった。
同時に、甘い煙を吐く。
外洋の荒々しさだけでない、強い波に船は右に左に、上と下。
木の葉のように、とは確あるものかと示すように、不規則に大きく船は揺れている。
その船上で、海原から次々と柱が立っては水音激しく消えていく様を高杉は前に、している。
対峙する船影からはこちらへ向け、こちらからはそちらへ向けて。

対峙する二隻が、互いに向けて砲を撃つ。
撃ち出された弾は、互いの周囲で海原に叩きつけられ、水柱を生み出し続ける。

吹き上がる激しさと、同じ強さで水柱は弾けて消える。幾度となく。
あれだけ高く上がればゎ飛沫は幾らでも甲板に来そうなものだが、風向きを計算し撃ち出される軌道は、それらを海面に撒き散らすだけだった。
八つめの水柱はこれまでより遠い。
それが収まるより早く、上がった九つめの柱は八つめより左に。
八つめの柱が起こした波濤から、最後の柱が沸き上がる。
雲間と波間に、柱と共に上がった砲声が散ってゆく。
高杉はゆっくりと、煙草を飲んだ。

「悪くねえようだ」
「当然ぜよ」

背後に座った男が応じる。
船に弱いとほざいていたが、その顔は綺麗なものだ。やせ我慢しているようには見えないが、こうした場では異なるのかもしれない。
とは言え波は高く、揺れは直接身体にくる。
高杉は振り返らず、甲板の端へ視線を流した。黒々とした無骨な砲が、一門波間に向いている。

「占めて十。ズレは?」
「波相手ですが、」

砲に付いていた武市が告げた数字を受けてから、高杉は漸く背後に眼をやった。

「上々だ」

自然、浮かんだ笑みに坂本もまた、笑う。
片膝立てて立ち上がり、揺れる甲板にやや足を取られながらも、労を容さず高杉の傍らにたどり着く。
潮風が、高杉の髪も坂本の髪も同等に、巻き上げる。

「満足したかや?」

波は余韻をたっぷり含み、大小混ぜて船に寄せ返し、船を揺り動かす。
吸い口に唇を触れつつ、視線を交わせば坂本は、軽く小首を傾げて笑みを返した。

「大したもんだな?うちの手に合わせてあるたあ」

坂本が片眉を上げる。
砲を頼んだのは鬼兵隊だが、撃ち手の手癖まで見通した品を納入してきたのは、快援隊だ。
確かにしょっちゅう顔を出してはいるが、そうそうそんなもの、見せてはいないし見る機会もない筈なのだ、が。

「……お客様は神様じゃろ?」
「見上げた商人さんだ」

笑みを伏せ、甘い煙を吐き出した。
互いに砲を向け合った船は、ゆっくりと並んで動き始める。
海原での砲の照準も、部下の手に馴染む造りも確認出来た。
もうこの海域を離れる頃合いだろう。

「だがなあ。見せてもいねえ手の内を、知られてるのも面白くねえ」

撃ち合いが終わり若干、波は低くはなったが凪いだ海ではない。
身体に伝わり響くそれに、足を取られぬよう力を込める。
風が鼓膜に残した激しさに、負けぬつもりで笑ったのだろう。
坂本のその声は、簡単に言葉を通らせる。

「そらあ……解って貰わんと」

同時に後ろから、両肩に手を置かれた。
高杉を、支えるかのように。
降り仰ぐ坂本と、ぱちりと視線が合う。刹那坂本は、にっこり笑う。

「おんしに関わる事ならば、すべて知りとうなる」

隻眼を見開くと、坂本が僅かに頬を染めているのが解った。
坂本の物言いには慣れているが、風が持っていってしまったように言葉が浮かばない。
ぱちり。
瞬きしても、坂本の表情は変わらなかった。

「すべて、知るんは出来んぜよ。やき、『せめて』」

変わらず、真っ直ぐ高杉を映して笑って呉れる。
風が好きに掻き乱す黒紫の髪を、坂本の手が軽く押さえた。

「……解って、貰わんと」

暫く見合った青双眸が揺れぬのに、細く息を吐く。
高杉も手を伸ばし、坂本の髪を押さえてやる。

「……それが、うちの手の内知る事か?」
「……使うものなら、早う手に馴染むもんのがええろ?」

砲を扱う人間の手癖を知られるなど、笑い話にもなりはしない。
見せたつもりも見られたつもりもなかったが、この男ならば仕方ない。などと、どこかで納得してしまう。



すべて知りたい。だがそれは、叶わない。
ならば『せめて、』と。
そんな事を言われて、しまったら。
そんな『恋の言葉』を。



船体が揺れる。
高杉はその動きと同時に、身体の力を抜いた。

「わわわっ」

当然、坂本が高杉を慌てて抱き留める。
頭上から降る慌て声を聞きながら、坂本に身体をすっかり預けて高杉は、目を閉じる。

「てめえらしい目の付け所だよ」

志士であり商人であり、こんな人間に心を寄せて呉れている、奇特な男らしい目の付け所。
嗚呼、本当に。

こんな言の葉を、言われてしまったら。
せめて、これだけは。

「…………悪く、ねえ」

これもまた、坂本へのことのは。
坂本のそれが高杉にしか届かぬように、高杉のそれも坂本にだけは届くもの。

「……うん」

嬉しそうな声を頭上に聞きながら、高杉は目を閉じたまま、ゆっくりと笑みを浮かべ深く、身体を預ける。
唯の会話を装った、恋の言の葉を交わしながら。















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