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20100328




四季の名で呼ばれる気温の移ろいは、過去様々な人の手人の言葉で、言い表されてきた。それは老若男女関係なく、身分立場に関係なく。
いつの世も、詩人が尽きる事はない。
確かにそう、想う事は在る。

花を見れば綺麗だと。
陽光の変化もまた、美しいと。
葉の色付き。月の満ち欠け、星の動き。
何れにも感嘆する。それに、相違はない。

だが、それだけだ。
綺麗なものを綺麗と言う。素直にそう言葉にすれば、それで充分ではないか。
例えば、花。
古来から続く色彩を語る言葉の数は、限りない。そのどれもが花を飾るだけでなく、世の色彩を語るものではある。
濃淡のほんの僅かな差によって、一つ一つ名を持つ彩。それとて、花の色彩を一つで言い表す訳ではない。
形容に要される、言葉も同じ事。
飾り立ててもその花すべてを言葉と出来ないのなら、唯一言。
素直に綺麗な花だ、と。
するのみで、構わないではないか。
そう、想っていた。











それを語るものこそが、












高杉は四季の移ろいや、風流を好む。
花が咲けば花見をし、月が満ちれば月見をする。
酒を飲む口実なのかと思っていたが、どうやら芯から花も月も季節も愛でているようだ。
折々の節も随分細かく、知っている。
坂本とて知らぬ訳ではないが、まあ細かく知っている。鬼の名を持つ輩の上に立つ癖に、と言うのは少々的外れであろうが、一体何処でそんな事を覚えてきたのだ、と。
春始めのある日。未だ冬の趣き強い陽射を引き込れるよう、障子を開けた坂本の自室にやってきた高杉へ、首を傾げて尋ねてみた。
低く、笑みが返ってくる。

「まあ、性分なんじゃねえか?」
「性分ねえ……」

それは、何とも可愛らしい。
黙っていれば、高杉は確かに風流愛でるに相応しい、形である。
だが口を開けば言葉は悪いし、目付きも悪い。総じて、柄が悪い。
隊を統べるに価する腕に、組み立てる戦略等も見事なものだ。
そんな人間が、四季を賛ずる言葉を操るのは性分と、言う。
妙に可愛らしく、感じてしまう。

「そんなものかにゃ」
「そんなもんだ」
「なら、そっちに進めば良かろうに」

初めて高杉と会った人間の大方は、これがあの鬼兵隊総督かと息を飲む。
大概は鬼兵隊の名もさることながら、よもやこんな刀も握れぬような形をした若造と、思っていなかったからだ。
いい加減慣れてもよさそうだが、高杉はある意味律儀にその都度腹を立てている。高杉自身の精神面や、八つ当たりされる坂本や隊士の事を思うと、性分とまで言う質だ。
志士としての才もまた、確かに類い稀とは言え、現状に拘る必要もなく性分を生かす道を選んでも、いいだろうに。
坂本は、時にそう思う。

「んな女々しい事出来るか」
「女々し……」

くは、ないだろう。
華道茶道に唄の道。凡そ『風流』と言われ坂本がすぐに浮かべるものなのだが、何れも立派なものだと思う。
其処に、性別の差もないように思える。

「だからてめえは駄目なんだよ」

立派にその道を生きる人に失礼ではないか、と。
ハの字に眉を下げた坂本に、高杉は何やら上から目線の言葉で笑い、傍らの刀を指し示した。
黒々とした鞘に包まれた、刀。
自身の命を預ける、最初のもの。

「俺達には、これしかあるめえ?」

高杉の、僅かに細めた深翠の瞳が坂本を捉えている。
笑みを引いた、諌めるでも諭すでもない静かな双眸と、言葉。
他に選択肢等ないと、断ずるそれに坂本は小さく、笑った。

「そう、じゃな」

満足そうに、高杉も笑う。
彼の言は、解らなくはない。どころか、坂本には芯から理解出来る。
坂本自身も、傍らの刀を一瞥する。物言わぬそれが返事を寄越す、事はなくとも。
己等は、これである。

「やき、ちいくと勿体のう思うぜよ」

坂本は胡座組む右膝に片手預け、しみじみと呟いた。
高杉が花に月に、向ける眼差しのやわらかさを、知っているが故に。
すると高杉が、身を乗り出した。

「坂本」
「うん」

近付く瞳は、またもや笑みを引いている。
唯々、静かに真摯に坂本を、映す瞳を見返す。

「しは、しだ」

一節一音、区切るように口元が動く。
その眼を真っ直ぐ、見返す坂本は彼の発した音をそのまま、受け止める。
互いを見通そうとするかの如き、視線を繋いだまま高杉の声を言葉を、繰り返す。
そうして漸く、音が意味する言葉に辿り着く。

「詩は、志……か……」

対する高杉の口元に、満足げな笑みがゆっくりと、浮かんでゆく。
深い深い翠の瞳の、奥から滲み出るそれは酷く、嬉しそうだ。

「敢えて語って回る事もねえ代物だが、時には己のそれを語る必要もある。単純明快な言葉、多いに結構。たがな、」

つい、と高杉の人差し指が空を横切り坂本の心臓を、指し示す。
指先の衝撃等、感じる筈ないもの。なのに。

「お前は、そんな単純な言葉で語れるだけの男か?」

左胸に突き付けられた指先が接する面積等、面積と言える程のものはない。
それでもそれは何よりも、力強く坂本の心臓に。
鼓動に、接している。

「俺にはそうは思えねえがなぁ。坂本、辰馬は」

揺れる事なく、高杉の眼差しと言葉と共に真っ直ぐ坂本を、射貫く指先。
それに一度視線を落とし、坂本は再び高杉と瞳を合わせる。

「…………故に詩は、志に通ずる。か」
「ま、心配するな」

伏せた眼差しで坂本の言葉を肯定した高杉は、上げた顔でにやりと笑うと軽く、心臓を指していた指先で坂本を突いた。

「俺はこの性分、余すところなく使って生きてる。てめえの事を現す言葉を使える程にも、な」

ふ、と。
坂本は息を、漏らした。
楽しそうな高杉に、苦笑を返す。

「わしの事も?」
「てめえはどうにも、直球だからな」
「おんしが、詠んでくれるんか」
「不満か?」

不満等、在ろう筈がない。
仮に坂本の『詩』を詠めるとするならば、確かに高杉しかいない。

高杉、だからこそ。

笑って首を振った坂本に笑みを残し、高杉は立ち上がる。
彼越しに広がるのは、枝先に色を付け始めた桜の植わる、庭。
この春始めの庭に、高杉はどんな言葉を当てるのだろう。
ふと、想う。
綺麗なものは綺麗だ、と。
唯言うだけでいいではないかと、思っていたが。

「志、か……」

確かに、古今東西。老若男女。
詩人は尽きる、事はない。


















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