お願いね




二週続けて会えなかった彼女が、今日も居なければ、もうここに来るのは止めようとクルルは思った。



彼女と座っていたベンチに一人の青年が座っていた。

クルルはアンチバリアを展開しているとは言え、隣に座ることはしなかった。

青年は何をするわけでもなく、ただ座っていた。

クルルはそこに座って彼女を待つつもりだったので、そのままベンチから少し離れたところでマシンを固定浮遊させていた。




30分程過ぎた頃、彼は静かに口を開いた。

「誰も聞いていないかもしれないけど。
ここには誰も居ないから、頼まれたことを言います。
大きな独り言になりそうですが。」

彼自身、自分が馬鹿なことを言っていると思っているようだった。

けれど、彼は律儀な性格らしく、ズボンから紙を取り出した。

「・・・・・・黄色いカエルさん、僕の近くに居ますか?
居てくれると良いんですが。
返事はしなくて結構です。
僕自身、信じていないので。
ただ、彼女からの頼みごとなので。」

それだけ言うと、決心したのか紙を広げて読み始めた。






「クルルへ。

貴方が聞いてくれていることを願います。
二週もすっぽかしてしまった私を、貴方が待っていてくれるかどうかわかりませんが。
それでも、こうして彼に託してでも、貴方が聞いていないかもしれなくても。
貴方に伝えたいことがあります。


クルル、お願いです。
絶対に地球を侵略して下さい。
地球は人間のものではないことを、思い知らせて。
宇宙には、人間が足元にも及ばない生物がいることを、思い知らせて。
人間が地球を破壊し続けていることを、思い知らせて。

クルル達が地球を侵略すれば、人間は自分達以外の生物が存在することを知る。
自分達が宇宙の中の、ちっぽけな存在であることを知る。
そうすれば、人間以外の生物、命を大切にしなければならないことを学ぶはず。

地球はこんなにも美しいんだもの。
人間だけがこの地球に生きているわけではないことを、人間は忘れてしまったの。

人間の目を醒まさせて。
お願いね。


もう、会うことはないだろうけれど。
私の我がままを聞いてくれますか?

貴方に出会えて良かった。
貴方の幸せを祈っています。

      慧より」












青年はゆっくりと穏やかな声で読んだ。

そして、丁寧に紙をたたんでポケットにしまった。


静かに立ち上がり、周りを見渡してまた口を開いた。

「ここからは、僕のお節介です。
慧は、もうすぐ死にます。
あと余命2ヶ月と宣告されてから、毎週外出が許された日にこの公園に来ていました。
二週間とちょっと前から、寝たきりになってしまいました。
もう、自分の力で立ち上がったり食事をする力はありません。
慧は、今日、この時間、この場所で、この手紙を読むだけで良いと言いました。

……もし、貴方が来てくれたら、慧は喜ぶと思います。
本当に、僕のお節介です。
けど、もし、……もしっ!」

青年は涙を浮かべていた。

彼自身、彼女を失うことに向き合えていなかった。

「僕の姉の最期を、看取ってくれませんか?
貴方と会えてからの2ヶ月、慧はとても幸せそうでした。
幼い頃から、二十歳までは生きられないと言われ、自分のやりたいことはほとんどできずにいます。
けど、この2ヶ月の外出は、彼女の初めて出来た、やりたいことだったんです。
・・・・・・っ、っ!」

彼は涙を抑えられず目を押さえた。

「慧に会いに来て下さい。
多分、本当にここ数日です。
…………っもし、ここで貴方が聞いているなら、僕について来て下さい。」

青年は涙を拭い、歩き出した。






















コンコンっ

部屋の扉が開いた。

「ありがとう、…おかえりなさい」

扉が開いた音で慧は目を開き、かすれた小さな声を青年にかけた。




青年は入ってきた扉を閉めずに話す。

「僕のお節介、許してね?」

しばらく開けたままにすると、プレゼントだと笑って出て行った。












慧は手を伸ばした。

「………っクルル!」

マシンから降りると、クルルはベッドに乗った。

手を伸ばし、慧の涙に触れた。


「ごめんなさい、会いに行けなくて。寒くなってきているのに、待ちぼうけさせちゃった?」

「ククッ〜、俺は忙しいからな」

待っていなかったと言いたげに、クルル笑った。

「ありがとう、クルル。来てくれてうれし…い…よ」

話すだけでも疲れるのか、慧は長く息を吐き、目を閉じた。

しばらく呼吸を整えると、また目を開いてクルルを見た。



「クルルと出会って、地球が本当に、…本当に美しいことを知ったの。
地球に生まれたことを感謝したいと思ったの。
クルルと出会うまで、地球が美しいと思ったことは無かった。
美しいと思わなかった。
けれど空を見上げていると涙が出てきた。
きっと、美しいと思っていたのに、それを知らなかっただけなんだね」

慧の目から、また涙が溢れた。

クルルは頬を伝う涙に、唇を寄せた。

くすぐったそうに慧が笑い、二人は唇を重ねた。

「クルルに会えたから、
……私は大切なものを大切だと…言えるようになったの。

ありが…と…う

……クル…ル      」


やさしく微笑むと、慧の涙を流し続ける瞳に瞼が落ちた。

クルルは彼女の頭をそっと抱きしめた。

温もりを逃すまいと、いつまでも彼女のそばを離れなかった。























ねぇ、クルル?
地球は美しい?
宇宙人の貴方も認めてくれるなら、本当に綺麗なんだろうね。

お願いね。
宇宙人の貴方に頼むなんて間違ってるのわかってるけど。
必ず、地球を侵略してね……

























誰のものでもない地球
侵略して下さい、宇宙人さま










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