恋路の邪魔をする者は
*鳩様:フリュンベルグ(勇者)にだけは甘えるシルヴェル(魔王)
魔族の領地、と聞けば、人はまず暗黒の地を思い浮かべる。
空は雷走る暗雲が立ち込め、大地は赤く染まり、黒々とした木々が鋭い葉を影に見たてる。
荒れ果てた大地には魔族や魔獣が至る所に住処を作り、迷い込もうものならあっという間に骨すら残らない。
瘴気と闇に満ちた魔王城を中心に、そんな光景が広がる―――。
だが実際のところ、魔族の領地は人間の国と対して変わらない環境だ。
雨天や魔術による雲さえなければ暖かな日差しが明るく照らすし、赤土であれど草は生え、季節柄慎ましい可憐な花が咲いている。
魔族によっては村をこさえ、支え合う者達もいるので、長閑な日常は平和そのものだ。
そしてそんな領地なのだから、魔王城も決して陰鬱ではなかった。
強固な造り故に古めいた風格を持つも、白亜の城壁は衰えを知らず。
中に入れば洗練された豪奢さとステンドグラスを透かした日光が訪問者を出迎える。
人間の国と対して変わらない、だが唯一異なるのは赤い絨毯や磨き込まれた床を闊歩するのが魔族だという事か。
「・・・・・・」
フリュンベルグは入り組んだ回廊を、真っ直ぐに歩いていた。
時折すれ違う魔族の女性が、こちらを見て顔を赤らめる。
通り過ぎてから仲間達と興奮気味に何かを囁き合う。
敵意を剥き出しにする事もなく、むしろ好奇心と好意を見せた彼らに初めは酷く戸惑ったものだった。
魔族とは人の敵。
殺らなければ、こちらが殺られる。
人の世に平和をと王を筆頭に民に見送られ、勇者の証たる伝説の剣を携えて登城したのはもう随分前の話だ。
今はもう、剣はない。
目で一々確認していようものなら迷ってしまう同じ風景を、勘を頼りに突き進む。
何度も行き来すれば身体は勝手に道を覚えるものだ。
果たして、フリュンベルグの前に一つの扉が見えてきた。
「邪魔をする」
ノックもなしに開け開く。
一人前にしては、十二分に広い部屋。
中央に据えられた、ドラゴンですら寝そべる事の出来る天幕付きのベッドと、壁に彩りを添える絵画や置物。
汚れのない白の絨毯はふかふか、その上には毛玉を思わせる色とりどりのクッションが溢れんばかりに散らばっていて。
「あ、フリュン」
その上に悠々と寝そべった女性が、フリュンベルグの来訪に気づいて顔を上げた。
その表情が嬉しげに笑む。
手招きをされる前にフリュンベルグはクッションの山に踏み入った。
柔らかな感触を出来るだけ避けるも、どうしても踏んだ場合は不安定に足元がぐらつく。
ようやく辿り着くと、細やかな腕がフリュンベルグの手を引いた。
請われるままに腰掛ける。
「久しぶりだな、魔王よ」
「ん、久しぶり」
柔らかな銀色の髪を梳けば、摺り寄せてくる頬。
この甘えたな女性が城の主にして魔族の長であるなどと、誰が想像出来ようか。
魔王、シルヴェル。
艶かしい肢体に底知れない魔力を秘め、敵対する者を闇に葬ると言われた最強の魔族。
かつてのフリュンベルグの、敵。
極悪無比と人間の国に知らしめられた彼女は、しかし彼女の配下と同じく好意を示してきた。
でなければこのように、五体満足で彼女に触れる事は叶わない。
「フリュンがいない間、すっごくつまらなかった」
「・・・そのようだな」
勇者と魔王、宿敵同士という垣根を越えて想いを交わしあった後、フリュンベルグは一度国に帰国した。
魔王シルヴェルは人間の国に攻め入るつもりはないと、告げる為に。
長い間魔族を目の敵にしてきただけに、王含めたお偉方は頭が固かったが、武力で黙らせてきた。
ついで、兵を送りつけようものなら魔王と共に滅ぼすぞ、とも。
人と魔族の領地を行き来するには、人の足では数日かかる。
相手との触れ合いが待ち遠しいのは、フリュンベルグも同じだった。
そっと口付けを落とす。
紅い目を細めて、シルヴェルもまた受け入れる―――。
「へ、陛下」
直前に水を差したのは、申し訳なさそうに身を縮めた魔族だった。
「・・・何」
動きを止めたフリュンベルグに自ら唇をくっつけてからシルヴェルが魔族に目をやる。
「伯爵様が、またお越しに・・・」
「追い返せ」
聞く者の背筋を凍らせる声音だった。
案の定ひゃっと飛び上がった魔族が引き返そうと身を翻したと同時に、
「陛下!」
魔族の身体を押しのけて、豪奢な身なりをした魔族の男が入ってきた。
誰ぞ、と闖入者にフリュンベルグは眉根を寄せる。
お下がりください、と引き止めようとする魔族を押し退けた男もまたフリュンベルグを見て眦を吊り上げた。
「陛下、なりません!汚らわしい人間なぞに肌を許すなど!」
ずかずかといきり立った様子で足早にやってきた。
クッションが無遠慮に踏みつけられる。
「陛下の相手こそ、大いなる魔力を持つこの私が相応しいと何度も申し上げたはず!」
「だから僕は既に相手を決めたと、その都度断っただろう」
「その相手が人間など、決して許される事ではない!」
男の手がシルヴェルに伸びた。
嫌悪を示す女性にすべき行動ではないと、フリュンベルグは払う為に腕を伸ばした。
が、それよりも速くシルヴェルが人差し指を突きつける。
「くどい!」
瞬間。
キン、と涼やかな音が鼓膜を打った。
一瞬で空気が冷やされ、瞬きの間に男が氷漬けになっている。
全身を覆う氷が、まるで彫像のようだ。
「断るだけで見逃してやれば、調子に乗って・・・」
指を下ろしたシルヴェルが、魔族に命じた。
「これを粉々に砕いて暑がりな連中にくれてやれ」
「はっ!」
先程のおどおどとした態度が一変、ほっとしたような嬉しそうな表情を浮かべて魔族はずるずると氷漬けの男を引きずっていく。
「失礼しました!ごゆっくり!」
ピシッと敬礼し、部屋を去っていったのを見届けて、シルヴェルが気怠そうにフリュンベルグに身を預けた。
「まったく面倒だよ、僕はフリュンと結婚するって言ってるのに・・・」
「我と主の付き合いに、反する者は多いのか」
「多くはないよ。権力が欲しい一部の連中だけ」
そう告げるシルヴェルは、酷く疲れているように見えた。
それ程までに彼女の手を煩わせる者がいると思うと、フリュンベルグの心にも怒りが込み上げてくる。
「その痴れ者共を先の旅で葬っておくべきであった」
「ふふ」
シルヴェルは笑う。
出会った時と変わらない、一瞬でフリュンベルグの心を奪った可愛らしさ。
「じゃあ今度アレらが来た時は、フリュンに任せようかな」
「うむ。直様叩き斬れるよう、我を常に側に置け」
今度こそフリュンベルグから唇を触れ合わせる。
柔らかな唇をくぐり、小さな舌に擦り合わせれば、ん、と鼻に抜ける声。
「もちろん、僕はそのつもりだけど?」
「愛い女子め」
手に伸ばされた指に指を絡め、フリュンベルグは愛おしい魔王を押し倒した。
―――
フリュン様に甘えるシルヴェル、との事ですがいかがだったでしょうか。
これでもシルヴェルは凄く甘えています。
普段は冷酷ですが、フリュン様といる時だけ(恋路を邪魔されない限り)なりを潜めるので、フリュン様との交際は配下から大変歓迎されています(笑
それではリクエストありがとうございました!
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